一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

朝採り



 本日の収穫である。今年はこれ一個で仕舞いとなりそうだ。

 拙宅敷地の南西角に、カリンの樹がひと株ある。二階の窓ほどの高さに育っている。桜の老大樹の隣に寄添うように立っている。根かたには万両の低木がひと株、うずくまってある。
 昨年は高いところにばかり実を着け、収穫できなかった。三角脚立が私にはせいぜいで、高梯子を掛ける度胸も技術もない。そのうえ梢近くの枝に着くのは、小ぶりの実ばかりだった。
 一昨年は大ぶりの実が二果採れた。完熟し自然落果するまで待ったら、傷みや虫喰い箇所があった。で、今年は剪定鋏で枝から伐り離した。

 シロップ作りに初挑戦してはみたものの、上手くはゆかなかった一昨年の経緯を、日記に記した憶えがある。大ぶりの実二果は、刻んでみたら思いのほか大量になった。シロップはでき損ないだったが、大量の搾りかすを捨てるにしのびず、冷凍保存してみた。これが思いもうけぬ働きもので、柑橘系調味料としてすべて使い切った。
 今年は中程度の実が一果のみだ。経験もあることだし、始末は容易だろう。

 
 カリンの根かたへ行くには、ふだんあまり足を踏込れる機会のない敷地南西角へ出なければならない。どうなっていることだろうと気がかりではあったが、秋の草むしりが功を奏したと見え、地面はあんがいさっぱりしたもんだった。フキが息を吹き返しているだけだ。
 三角脚立を立てるに邪魔にもなるまいとは思ったが、より安全を期して片づけてしまおうと、臨時の十分間草むしりを敢行した。むしり始めてみたらフキ以外に、ヤブガラシの幼芽がたくさん芽吹いていた。まだ蔓を横にはびこらせる前で、いずれも山菜のごと面つきをしてツンツンと立っている。

 ときに、なにゆえカリンの実の伐り採りを思い立ったかといえば、早朝の往来に出てみて、かなりの数の桜の落葉がアスファルトに貼りついてあるのを眼にしたからだ。昨夜の雨で、落葉も頑固になってる。このまま干からびでもしようものなら、なおのこと頑固となる。予定になかった箒と塵取りの出番となった。いつものことだが、箒と塵取りの前には、まずスコップによる穴掘りが不可欠だ。次つぎ遡るかのように、用事がたち現れてくる。
 で、アスファルトに貼りついた落葉を箒の先でこそげ落しながらも、いったん腰を伸ばそうかと顔を挙げて上空を仰いだ瞬間に、カリンの実が眼に入ったのだった。


 ときに、なにゆえ早朝から往来へなど出てみたかといえば、昨夜のうちにゴミ出し用の四十五リットル袋を門柱脇に出してあったからだ。小降りとなってはいたが、まだ霧雨が降っていた。しかし朝まで待って出しそびれたりしては大ごとなので、かまわずに出した。中味に雨が降りこまぬよう、袋の口を念入りに結えたのは申すまでもない。
 とはいえやはり気にかかって、夜が明けてほどなくしたころ、確認に出てみたわけだ。玉の汗をかいたかのごとく、袋一面に雫が群がりついていた。中味には異状がないようだ。結び目を掴んで持上げ、底を地面に軽く叩きつけるようにしてトントンと振ってみたら、雫は見事に振り落されていった。袋には落葉が一枚乗っかっていたが、雫と一緒に振り落された。

 そもそもの始めはゴミ袋だ。カリンの果実はゴミ袋との交換で、わが手中に届いたものである。