一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

一輪



  オヤッ、君ひとりだけ、どうしてそんなところに?

 「本年もお世話になります。よろしくお願いいたします」
 年末に伺ったきりで、今年最初の散髪だから、年明けのご挨拶となる。マスターとの浮世噺は、どうしたって能登震災から始まる。こんなことがあったらしい、そんな人もあったらしいと。
 地上波・ユーチューブ・お客さまからもたらされた耳寄り噺。全方向アンテナがキャッチした情報が、分野別時系列に分類整理されて収納されてあると見える。温泉地熱を避難所まで送るアイデアが提案され、台湾人の篤志家がなにはともあれ現金だと考え、信じられぬほど多額の現金を用意していち早く現地入りした模様がリポートされる。
 千年に一度の地殻変動は学問的に予想されていたが、江戸年間の震度7地震から三百年しか経ってない点が予想外だったと解説される。

 そこからさらに展開する。とある天文学者が、銀河の内にあって太陽系がこういう局面にさしかかると氷河期に入り、現在はそのとば口にあると数式をもって予測したものの、学界内で孤立していた。とある地質学者が、地層と地殻の調査から氷河期の周期を割出し、今はそのとば口にあるとの仮説を立てて、やはり学界内で孤立していた。
 偶然の機会から、互いの論文を眼にすることがあり、数式と数値が見事に一致していることに驚き、ともに留飲を下げたとのこと。
 「まったく、空ばかり観あげている奴と、穴ばかり覗いている奴なんてもんは……。もっと早く知り合わなかったもんでしょうかねえ」

 私はリーマン予想の逸話を思い出していた。素数の出現頻度を予想するゼータ関数についての数学学会が催されたとき、同じ建物の別会場では光学だか応用力学だかの物理学会が催されていた。休憩時間にロビーで一服していた両学会の教授が挨拶かたがた、そっちではどういう議題をやってるのといった話題となり、レジュメを見せあって魂消た。数式がそっくりなのだった。
 「数」の配列というものは、宇宙の成立ちとどこかでつながっていると、改めて予感させる巨きな出来事だったという。
 いやはや、残り少ない髪を丸刈りにしていただくだけなのに、たいへんなところまで連れてゆかれるものである。

 音澤邸の解体工事は、一日目が鉄パイプの組立てだった。足場を組み、隣家との境界に安全テントを巡らせた。二日目は瓦を外し、瓦下の波型屋根板を剥がした。いよいよ今日三日目にして重機が入り、見る見る間の解体が始まった。
 班長らしき人と作業員さんたちとのあいだで、短く鋭い指令やら掛声やらが飛び交う。日本語は一語も混じらない。

 作業の模様を記録させてもらおうかと十字路の対岸からレンズを向けた。
 「写真、ダメです!」
 屋根の上に乗っていた先輩作業員らしき青年から、叱られてしまった。まことに流暢な、凛々しい日本語だった。了解、ゴメンゴメンと手で合図して、その場を離れた。
 なるほど、SNS にアップだの拡散だのから思わぬ迷惑やトラブルの危険性もあって、それが現今の常識というものなのか。私のほうが、とんだ時代遅れというわけなのか。
 私にしてみれば、途中で改築もあったけれども、六十五年間も視慣れてきた筋向うのお邸である。亡くなられたかたも含めて、お住いのかたがたとの数かずの思い出もある。昭和の感傷と嗤われもしようが、風景との惜別のつもりだった。
 拙宅敷地内へ戻り、見つからぬように注意して、ロングショットにてシャッターを切る。

 理髪店からの帰途、フラワー公園の立木の根かたにタンポポ一輪。眼と鼻の先に花壇があるのに。膝丈より低い垣根で囲われた植込みだって、芝生地だってあるのに、なんでまたよりにもよって。
 アタシの勝手でしょ、とタンポポは云う。