一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

自首します



 覗き魔かと怪しまれるだろうか。なるほど似てはいる。盗撮者として告発されるだろうか。似てはいる。犯罪行為に似ている。当方にその自覚がなくとも。言葉面だけでも、自首しておこう。

 二階家が丸ごと庭木に包みこまれたようなお邸が、かつて十字路の角に建っていて、目立った。左折右折のドライバーや歩行者が、目印としてしていた場合すらあったかもしれない。
 いちばん丈高いネズミモチは、野鳥たちのトランジット樹木だった。東西南北いずれへ向う小鳥たちもが、いったんこの枝に羽を休め、あたりの安全を確認してから、ふたたび飛び立っていった。

 「いよいよ今年から始めますよ、一年がかりでダラダラやりますわ」
 お互い道路掃除の箒と塵取りを手にした立噺で、音澤家のご当主から伺ったのは、昨年の年明け早々だった。しばらくして小鳥たちのハブ樹木だったネズミモチを含む数本の庭木が伐採された。伐採されたのは勝手口のある北側の樹木たちで、ご門脇にあたる東側は手着かずだった。
 お二階の窓が久かたぶりに外から眺められた。からからと開け放されている日が目立った。風通しを好くして、家具の処分や片づけを進行させておられたのだろう。後から思えば、お二階東側には窓がなく、風通しには関係ない。屋内片づけのために、北側の樹木だけがお邪魔だったのだろう。
 ネズミモチは枝をすべて払われて、柱のように突っ立っていた。ひと株の巨木かとばかり思っていたが、株立ちするように三本の幹から繁っていたと判明した。実のなる種類で、鳥たちに運ばれて来て芽吹く。拙宅のネズミモチたちの、いわば兄貴分である。
 この状態で、およそ半年が経過した。


 屋内でのお片づけは着ちゃくと進行していたのだろう。秋深くなったころ、幹だけが突ったっていたネズミモチが始末された。塀に隠れて見えない部分も、そうとう整理されたにちがいない。
 年明け早そう、表に立たれてお邸を撮影なさっているご当主をお見かけした。久びさに長い立噺をした。昔この道が川だった時代のことや、台風のたびに水上りしたことや、暗渠にした後の十字路でよく交通事故が起きたことなどが話題になった。筋向うにあった荒物屋さんの小店が、いく度も惨劇に遭ったことも話題になった。こんな小さな十字路なのに、横断歩道と信号機が設置されるきっかけになった事故たちだった。
 お許しいただいて、私もシャッターを切った。

 作業員さんが来て解体工事に入ったのは、一月十六日だった。初日はカランカランと日がな金属音がして、足場が組まれ、隣家や道路へ物が落下しないように幕が張られた。二日目は屋根瓦が剥がされ、重ねては、手渡しで降ろされた。瓦の下敷きの薄板も剥がされたようだった。
 作業員さんはすべて外国人で、互いに短く鋭く叫び交す言葉はすべて外国語だった。日本人は警備担当というのか、ヘルメットを被って指示棒を手に交通整理する初老の人だけのようだった。買物の通りすがりに眼が合ったので、ご苦労さまですと声を掛けたついでに、
 「作業員さんがたが話しているのは、あれはなに語ですか」
 と訊ねてみた。「全く知りません」との返事だった。作業員と警備員とは、どうやら別系統の人たちであるようだ。


 三日目に重機が入ってからは、あれよあれよという間だった。まず屋根が落され、柱が倒され、西側と北側の壁が崩された。大型トラックがいく度も横づけされ、瓦礫を運んでいった。それでも敷地中央には、瓦礫が小山を成して残された。
 翌日には、南側と東側が崩され、瓦礫もほとんど運び去られた。呆気なく済んでしまうもんだなあと感心した。まだいくらか瓦礫が残ってはいた。明日は半日作業で済んでしまうのではと思われた。が、そんなことはなかった。
 五日目には、重機がもっとも大きな音を立てた。拙宅室内にいても、軽い地震ていどには揺れた。ブロック塀を倒し、交通事故対策に補強したコンクリート部分を砕き、基礎工事や排水設備の残骸であろう地下のコンクリート構造を掘り出しては砕いた。これでおおむね片づいた。
 翌日は少数作業員が来て、重機を撤収し、東側北側に杭を立ててテープ状の綱を渡して、立入禁止ふうにした。業者さんにとっては、五日と半日の作業だった。

 いずこかへ一時転居しておられるはずのご当主は、この過程をお眼にされたろうか。それとも視るに忍びなかっただろうか。失敬ながら、全日ともほんの通りすがりに過ぎなかったが、私が目撃させていただいた。
 長年視慣れた街の風景だとて、変ってしまえば、アレッここは以前どうだったんだっけ、となるのは人のつねだ。音澤家は拙宅より先住民だ。いつの頃だったか大改築なさったものの、もとはご先代が戦前からお住いだったと伺った。
 ここには音澤さんのこんなお邸が建っていてねと語れるのは、ご本人を除けば私くらいになってしまう日が、来るのかもしれない。
 まことに出過ぎたことだし、盗撮犯罪にも似た仕儀である。解っております。自首いたします。