一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

とある風物詩



 そろそろ仕舞いだろうか。いや、まだ油断できない。

 毛布を肩に掛けてストーブの前に腰掛けていても、寒さに気が削がれる夜がある。深更から明けがたにかけて、腹の底に力がありそうな低いエンジン音が、数時間も途絶えずに聞えてくることがある。冷えこむ季節の音であり、拙宅における冬の風物詩のひとつだ。
 西側に隣接するコインパーキングの経営者は、同時に陸送会社の経営者でもあって、敷地の半分は一般客用の賃貸し駐車スペースだが、もう半分は自社の大型トラック用モータープールとなっている。陽のあるあいだはガラ空きだが、夜が更けると合金ボックスを背負った長いトラックが四台五台と帰ってきて、眠りに就く。夜がまだ明けきらぬ、ようやく物の形が眼に白じらと姿を見せはじめるころ、あい次いで出立してゆく。ご近所どちらさまの自家用車のお出ましよりも、遥かに早い。

 三十年以上にわたるお隣さんだが、社長さん重役さんにお眼にかかったことはない。境界のブロック塀の修理をどうしようかとか、拙宅のネズミモチが先方に枝を伸ばしてご迷惑をおかけしたとかの相談や打合せに、担当課長さんとはいく度も顔を合せた。
 定年になってからは、お顔合せの機会がない。隣へ身を乗出しそうな樹はすべて伐り倒してしまったし、塀を乗越えて溢れ出しがちだったツタやヤブガラシなどの蔓性植物は、まめに退治するよう心掛けてきた。
 遮蔽物たる樹木がなくなったことで、さっぱりはしたものの、お互いの情景はあからさまに丸見えとなった。

 昼間、残らず仕事に出払ってトラックの姿は一台もない。白ペンキの線で囲われ数字が記された枠内に、乗用車や軽トラックが並ぶ。このあたりへ用足しに見えたかたや近所に作業現場がある職人衆の車輛だ。日没とともに駐車場は空となる。日を跨いで居続けとなる車輛はめったにない。入替るように大型トラックたちは、日没後に次つぎ帰ってくる。
 トラックたちの翌朝は早い。幹線道路が混まぬうちに、距離を稼がねばならぬのだろう。車中泊のドライバーさんがあるのだろうか。それとも荷受け先や配送先の都合で、出発前に待ち時間があるのだろうか。空が白んでくるにはまだ間のある暗い明けがた、拙宅における冬の風物詩が聞えてくる。凍える寒さに耐えきれず、さりとて出発もならずに、エンジンを空吹かせさせて、暖房機を稼働させているのだろう。これから始まる重労働の一日のための躰馴らしの音だ。
 毎冬の音だが、今年はそろそろ聴き納めだろうか。いや油断は禁物だ。なん十年も前だが、四月一日の東京に雪が積った年さえあった。
 深夜よりも早朝が冷えこむ。起きているかぎりどう過してみても寒いので、しかたない。三重毛布を被って寝ちまおうと準備しながら、風物詩を聴いている。