一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

供養



 かつてここには、ひと株の老いた桜の樹が立っていた。とある男と女にとっての、想い出の樹だった。

 男は百姓家の三男坊だった。東京の大学へ行かせてもよいが、医学部以外はまかりならんと、親から申し渡された。父親にとって息子が東京で一人前になるとは、医者になることだった。昔はそんな親が珍しくもなかった。
 女も百姓家の出で、男兄弟四人に挟まれた一人娘だった。女学校を出てすぐに、男に嫁した。戦時中のこととて、男が近ぢか出征することになり、独身のままでは可哀相だとの計らいから、親と親戚とが勝手に決めた結婚だった。新婚生活などはなかった。敗戦後、復員帰郷する男を駅へ迎えに出た女は、痩せこけた兵隊服姿の男たちの群を眼にして、どれが夫なのか視分けられずに困ったと、後年まで回想した。

 戦時中から敗戦直後へかけての、無給インターンだの若手医局員だのといった医学徒たちの貧乏は凄まじいもので、資産家の子弟でもない限りは、明日の飯とは云わず今夜の飯にも窮する暮しだった。男と女はよく耐えた。ようやく医者らしい暮しのかたちが見えてきた昭和三十三年、二人は大借金をしてこの地に、生れて初めて自分の家を持った。往来に面した塀ぎわに、身の丈に足りぬほどの、ヒョロッとした桜の苗を植えた。花を咲かせるほどにまで育つもんだろうかと、半信半疑だった。

 ご近所のかたが、今年も咲きましたねと、声をかけてくださるまでになった。道を訊ねられたかたが、ほれ、あの桜の樹のある家の前を通ってと、ご説明くださるようにもなった。壮年期の樹は、文字どおり爛漫と咲き匂うといった豪快な風情を見せた。
 樹齢およそ七十年、近年では禿げちょろけの枝ぶりに、けなげに花を咲かせ続けているといった趣を呈していた。根元近くの幹にはウロが生じ、中央が空洞化した箇所も発生した。男と女はとうにこの世を去ったが、息子が独り、時おり桜樹を気にかけるていどとなった。

 
 その老樹がある日突然、根元近くの、ちょうどウロが生じていたあたりからバキリと折り倒された。往来を通過しようとした超大型トラックが、頭を枝先に引っかけたまま過ぎようとして、メリメリと引きちぎるかのように倒したのである。
 地元交番と目白警察署とから、警察官がなん名も来た。ドライバーから事情聴取し、建屋や塀の損傷具合を調べた。ブロック塀が危ないとのことだ。人身事故ではないので、事故報告書に必要な項目さえ取材できれば、あとは民事不介入。損害修復については、トラック会社と被害者との相対で済ませるようにと云い置いて、引揚げていった。
 東電と関連会社とから、調査員や技術者がなん名も来た。電線や電柱に損傷はないか、ブレイカーやメーター類に支障はないかを調べる目的だ。倒木を処理しないことには調査ができない。樹木処理と修復のためにネットワーク工務店に連絡してくれた。
 急なこととて、長らく待った。キーパーソンらしき小工務店社長が到着して、現場を観察した。職人衆や車輛や機材を調達すべく、なん本もの電話を忙しくかけ続けた。またもや長らく待った。

  
 職人衆の第一陣が到着した。とりあえず持合せた電動のこぎりを取出すと、脚立のてっぺんに立って満開の枝を払い始めた。やがてクレーンを搭載したトラックが到着した。太枝が落下する危険を回避すべくクレーンで吊ってから、本格的に電動のこぎりが躍動し始めた。
 あたりに響き渡るすごい音量だ。予定した工事であれば、短時間ながらお騒がせいたしますとご近所に挨拶廻りすべきところだろうが、急なこととて手が回らない。

 
 太いも細いも、枝という枝が片づいてしまうと、東電の面々が電線や関連設備の点検を始めた。幸いにして、電線および電気系統は傷を負わなかったようだ。東電関連会社の技術員たちは潮が引くように引揚げていった。カスタマーサービスの調査員二名だけが残って、工務店社長と打合せを続けていた。
 職人衆の仕事だけがまだ残っている。枝は済んだとして、あとは幹である。これもクレーンで安全を確保してから、電動のこぎりで一気に片づけてゆく。人の背丈の三倍はあったかと思われる幹を、三回分割に伐り分けて始末してしまった。あとは切株と地中部分が残るのみだ。いくらなんでもその部分は、事故との因果関係はあるまいから、当方の担当となろう。
 樹齢七十年と云ったって、人手と技術と機械と重機を注ぎこめば、ものの四十分で目鼻がついてしまう。呆気ないもんだ。


 開花宣言してから二日で三分咲き報告。一週間すら経たぬうちに満開宣言だ。そうなった時分には花の陰で若葉が活発に萌え出ている。おやっ、散り始めたぞと思ったが早いか、かすかな風にも花びらが雪のように舞い散る。その速さと呆気なさを、儚いなんぞと称して約束事のごとくに愛でる。私もさように感じ、口にしてもきた。
 だが考えものだ。満開に咲き匂った樹木が、満開のままに、実動わずか小一時間ですっかり片づいてしまう。突然のように消えてしまった。このほうがよっぽど儚いのではあるまいか。


 まだブロック塀の安全点検、ならびに必要な措置が残っている。拙宅は依然として、立入禁止区域である。
 その内側で、一夜明けた本日は、切株に向って光明真言と般若心経とを唱えるつもりでいる。かつて頼りなくもヒョロッとした苗木に自分らの暮しの投影を視て、想いをいたしたであろう、とある男と女の眼から見える処に赴くためにこそ、老樹は満開のままに始末されていったと、せめて思ってやりたい。