一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

意外性



 一見した印象とはかけ離れた意外性が、人間像の奥行きを増すということは、たしかにある。ギャップ萌え、というんだそうだ。

 野村真美さんを、日本一不機嫌が似合う女優だと思っている。現代では、である。遡れば、杉村春子北林谷栄岸輝子など、大女優たちの不満顔や不機嫌演技は、いずれも神域に達していた。奈良岡朋子東恵美子山岡久乃宮崎恭子ほか、好きな女優たちはどなたも、不機嫌演技となると途方もない実力を発揮したものだった。
 考えてみれば当然だ。人間だれしも上機嫌で過したい。善意を表に出しっぱなしにした善人でありたい。そうはできぬ事情があって、不機嫌なのだ。胸中にわだかまるものがいく層にも折重なって、仏頂面しているのである。理由や事情を人前で吐出し、ぶちまけることが許されてないから、内にこもって不機嫌なのである。
 事情があることを観客に察知させ、しかもいかなる事情かは伏せる。演技力の見せどころだろう。

 黙ってそこに立ってさえいれば、さらにかすかな笑みをたたえていたりすればなおのこと、文句なしに美形の女優だ。ところがきりりと表情を引締めるやいなや、とたんに胸中になにごとかをわだかまらせている女性の表現となる。野村真美さんはそういう女優だ。他人の弱点を探り当てようとする凝視や、底意地の悪さを暗示する流し目などは、彼女の得意芸である。

 「罵倒カフェ」という接客店があるそうだ。来店客に向って「いらっしゃいませ」とは云わずに、「また来たのかよ、面倒くっせえなあ」と声をかけるそうだ。「どうせまたアタシを指名したいんだろう。あ~あ、とんでもないハゲジジイの眼に留まっちゃったもんだ。今日こそひどい目に遭わせて、大恥かかせてやるから」
 昔の(今もあるのかしらん?)M 酒場の言葉だけ版だろうが、それなりに愛好家定連客が集るそうだ。むろん理解できる。ホステスに野村真美さんが在籍していたら、私も通う。


 ところがである。ご本人は似ても似つかぬお人柄のようだ。だいいち美形女優さんにありがちな写真集とかフォトエッセイ集などの刊行物がない。ご著書は『山がくれた百のよろこび』、版元はその分野の老舗出版社である「山と渓谷社」だ。
 趣味は登山で、それ以外でも徹底したアウトドア派だそうだ。性格明朗にして、眼が合ったら話しかけて、次つぎ話題が展開するという。
 『ローカル路線バス; 乗り継ぎの旅』にゲスト出演した回では、ようやく乗れたバス内で束の間の仮眠よろしく居眠りを決込む蛭子能収さんを、なんやかや質問攻めにして一睡もさせず、蛭子さんを閉口させたというのは、有名なエピソードだ。

 この容姿にしてこの人柄。ギャップ萌え、である。
 (グラビア写真集その他がないので、オフィシャル・ブログやインタビュー記事から写真を切取らせていただきました。)