一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

音で消す

Viet Tran と Seth Robertson

 ちょうど九年前の今日、あなたはこんな投稿をしました。だって。

 フェイスブックには頼みもしないのにいろいろなサービス機能が備わっていて、なん年前の今月今夜の、あなた自身の投稿を思い出してみましょうと、ご親切に知らせてくださる。それをシェアして、想い出とも反省とも、また年月経過の話題とも感慨ともなさってはいかがでしょうか、というわけである。
 九年前の四月冒頭に、私はこんな投稿をしたらしい。「低周波消火器。コレって案外いいんじゃないかなあ」と、文面はいたって短い。科学技術の話題に口出しできる身とは思ってないから、開発途上の新技術に関心を示すことなんぞはめったにない。だからこそだろうが、このときのことは、うっすらと憶えている。
 ジョージ・メイソン大学でコンピュータ工学を専攻する学生二人組が、音波による消火器を開発したというニュースだった。

 小学生時分にだれしも経験したことだろうが、校庭に集合させられて、消防士さんから消火器の取扱い方法についての説明を受け、消火の実演を見せていただいた。日ごろから怖ろしいと感じている火が、あっという間に消えてゆくのを、ショーとして愉しく観賞した憶えがある。
 だが生意気系の悪ガキだった私には、密かな疑問が残った。「なにか質問は?」と問いかけられても、手を挙げたりはしなかったけれども。疑問はこうだ。実演してくれた灯油皿もその周りも、あんなに泡だらけにしてしまって、あとで片づけるのが大変じゃないのかなあ。毒なんじゃあるまいなあ。
 数年後に高学年となった時分に、同様の実演がまたあった。消火器の進歩が目覚ましく、新型を見せてくださるとのことだった。以前の消火器は、両手で持ったら一度逆さにして、上下に数回振る。ボンベの中の A 液と B 液とを混ぜるわけだ。それからピンを抜いてホースのノズルを火に向けると、AB 液の化学反応で凄い内圧となったボンベから勢いよく泡が噴出すという仕組みだった。眼の前で火がボンボン燃えているときの心理状態で、重い消火器を振ったりなんぞできるもんだろうか。それも悪ガキが抱いた疑問のひとつだった。
 ところが改良新型においては、上下に振ったりする必要がないという。しかもひと回り小型軽量化されたようだった。それに噴出するのは泡ではなく、粉だという。それも軽量化できた理由のひとつらしい。実演の手ぎわはお見事だった。ホースのノズルの先端の金属部分が回転するようになっていて、粉の噴出角度を調節できるようになってもいた。広い面積でユラユラ燃えている火と、狭い箇所でボンボン燃えている火とに、区別対応できるというわけだ。
 いずれの説明にも納得がゆきはしたが、このときも悪ガキには疑問が残った。灯油皿もその周りも、あんなに粉だらけにしてしまって、あとで片づけるのが大変じゃないのかなあ。家屋の小火が鎮火できて大火災とならずに済むのはめでたいこととして、あとの片づけの大変さは、泡だろうが粉だろうが、たんなる水よりははるかに骨が折れるのではあるまいか。むろん早期消火の恩恵には重々感謝したうえでのことではあるが。

 疑問は根本的には解決されぬまま成長してゆき、いつしか疑問自体を忘れて暮してきた。ところが突然思い出したのである。音による消火だってえ? ソレって、いいんじゃないかなあ。
 ジョージ・メイソン大学の学生二人組がアイデアを練り、開発したのは、重さ九キロで値段六百ドルの低音発生器だ。燃え盛る火に向けると音波振動が燃焼物の表面の空気を掻き回してしまって、酸素が行届かなくなってしまい、あっという間に火が消えるそうだ。これなら泡も粉も、水すらも残らない。燃えてしまったものは戻らないとしても、片づけはずいぶん容易となるにちがいない。
 で、お門違いの科学技術分野の話題にもかかわらず、つい投稿してしまったのだった。

 すっかり忘れていたのに、フェイスブックのお節介のおかげで思い出した。と同時に、もうひとつの点に気づいた。元ネタの動画が二〇一五年四月一日に発信されている。これはエイプリル・フールのユーモア・フェイクではないのか?
 気になって検索してみると、ユーチューブ動画は今でも観ることができる。トピックとして取上げた日本のニュース番組の一部まで観ることができる。どうやらフェイクではなかった模様ではある。。
 PR 動画では、地面に置かれたフライパンから盛んに炎が上っている。二人組が登場して、牧場で視る牛乳缶のようでもボンベのようでもある機械を、炎に向けた。超低音が聞えた。ジャズ喫茶やディスコ(死語?)でベース音スピーカーの前に陣取ったみたいだ。と、あれれっ、またたく間に炎が情ないものになり、数秒後には消えた。

 天候や風向きの影響で捗らない山火事消火なども、ドローンに搭載したこの機械を用いれば、容易に消せるのであろうか。
 しかしニュースから九年。いまだわが身辺に普及してないどころか、商品化されたとの噂すら耳にしないということは、実験には耐えても実用化にはなにかしら難題があるのだろう。それにしても値段六百ドルでは私には手が出そうもないが、ちょいと実物をこの眼で視てみたい機械ではある。