一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

安部公房〈口上〉



 いく日か前にも、夏の催物のご案内を申しあげましたが、本日は少し先の、秋の催物につきまして、ひと言お報せ申しあげます。

 八王子市教育委員会さま所管の生涯学習センターさまが実施なさいます、市民公開講座にて、お喋りあい務めることとなりました。
 なんと、市の教育長さまご名義によります、第ナン号と番号が付された、公式委嘱状を頂戴してしまいました。自治体の大切な行政サービスの一環でしょうし、よりにもよって主催は教育委員会。よろしいんでしょうかねえ。当方半ボケの不良老人ですぜ。八王子市の沽券に関わるようなことは、ないのでございましょうか。

 会場は八王子市南大沢と申します、私も伺ったことが一度もない場所でございまして、事情はどうあれ、初めての土地をお訪ねするのは愉しみでございます。
 私の身にとりましての道順で申しますと、新宿から京王線に乗りまして、調布にて本線から枝分れして京王相模原線に入り、終点の橋本のちょいと手前ということのようでございます。南大沢の駅から会場までは、ほど近くと伺いました。

 ご依頼を請けましたのは、安部公房についての入門編で、とびっきり愉しく喋って聴かせるようにとのご用命でございます。なんでも本年は、安部公房生誕百年に当る年だそうで、それに因んだ企画と伺いました。
 さようですか、百年ですかあ。いささか感慨なきをえません。個性的な文士たちがクツワを並べた世代でございまして、同齢の吉行淳之介吉本隆明も生誕百年となりますねえ。去年は司馬遼太郎が生誕百年だったことになります。また来年ともなりますと、三島由紀夫丸谷才一辻邦生なんてところが、いっせいに生誕百年を迎えることとなります。

 なかでも際立って特色強烈な作家として、安部公房は知られるわけでございますが、今でも愛読者は途切れることがないと見え、主だった作品の文庫本は書店に並んでいるようでございます。
 また小説家として以上に特色的でありました戯曲作品につきましても、新しい(お若い)劇団により、安部台本が舞台にかけられたりも、いたしているようでございます。私なんぞの眼からいたしますと、この台本が初演された時分には、この役者さんがたはまだ生れていらっしゃらなかったのではと、感嘆してしまいます。

 とは申せ、留めることかなわぬ時が冷厳に過ぎ去ってきたことは動かせません。あまりに有名作家ゆえ、名前は聴き知っているし、映画化作品を通じて作品のいくつかも耳にしてはきたけれども、さてご自身で読んでみたことはまだなかった、というかたも多い時代となってしまいました。さようなかたにもお解りいただけるような、「今さら人に訊けない」安部公房入門編を語って聴かせるようにというのが、どうやら私へのご用命でございます。なるほど、それでしたら私の出番かもしれません。
 安部作品は、むずかしく語ろうと思えばどこまでも面倒臭い噺にしてしまえます。高尚理論によります、最新の研究成果を、私はほとんど存じません。またいくつもの外国語に翻訳された作品もございますので、海外の日本文学研究者による論考もございます。それらを私はなにひとつ存じません。「最前線から安部公房を読み解く」「安部公房研究の現在と将来」「世界の現代文学安部公房」など、私にはまったく興味がございません。
 ただし「今読んでも安部公房ってこんなに面白い」でしたら、かろうじて私でもお役に立てるかもしれません。いささか経験も、腕に覚えもございます。さような気持で、今回のお務めをお引受けいたしました。


 冒頭に掲げました主催者さまによりますチラシの、次第骨子部分を拡大いたしておきます。
 以上、つつしんでご案内申しあげます。