一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

葉桜挨拶〈口上〉


―― 口 上 ――

 かたじけなくもありがたくも、またも読者さまがたにナマの言葉にてご挨拶申しあげます次第となりましてございます。

 当「一朴洞日記」は本日このご挨拶をもちまして、立上げより連続七百日めの投稿と、あいなりましてございます。これもひとえに、読者登録やアクセス、はたまたスター、ブックマーク、コメントなどの諸機能をつうじまして、絶えずお励ましくださいましたる読者さまがたのおかげさまにこれ相違なく、まことにありがたく存じおり、区切れ目に当ります本日、あらためて深く、深ァくおん礼申しあげるところにございます。

 なにを今さらの申しあげようではございますが、読者さまがたにはここで、ひと言お詫びを申しあげねばなりません。
 どなたさまにもお気づきいただけておりましょうけれども、当日記は面白味・独自性ともにすこぶる乏しく、開設七百日を経ましたわりには登録者数がいっこうに伸びてまいりません。ひと握りの固定読者さまのお眼にのみ供してまいりました、いわばクローズド空間におきましての独り語りでございます。
 原因はひたすら私めの力量不足にございます。読者さまがたにとりましては、せっかくご贔屓くださいますのに、いっこうに伸びも羽ばたきもする気配がきざしてまいりませず、さぞやお励まし甲斐もなく、またさぞや張合いなきことでもございましょう。
 私めの不徳のいたすところと恥入るばかり。深くお詫び申しあげる次第にございます。

 副題に掲げましたるとおり、日々容赦なく衰えゆく老残の身の妄言でございます。けっしてマツリゴトを語らず、天下国家を論ぜずを、ほぼ唯一の方針といたしております。
 また衰えざまにおきましては、名における財における欲ボケを忌避し、ひたすらわが持前の色ボケのみを旨といたしたきものと、念じておるところにございます。その点につきましては、幸いにして身近に名も財もなきため、欲ボケからは今のところ逃れておるやに、みずから思っております。
 ただし古くより存じ寄りの齢若き友人からは、昨今下ネタ寄りの話題が乏しいと、手きびしきご批判ともお励ましとも取れるお言葉を頂戴しております。まだまだ助走、これからこれからと応えておきましたが、さてうかうかするうちに当方の生命力の問題が生じて、色ボケすらできぬことにとなりましては一大事と、ひそかに懸念するところなきにしもあらずといった心境にございます。

 ともあれ日に日に記憶力薄れゆくなかで、滑稽な凡ミスを少しでも減らそうなんぞと殊勝なる気持を発しようものなら、些細な確認事のための読書時間は圧倒的なる不足となりゆき、毎日が急き立てられる想いに駆りたてられております。いきおい突詰めぬまま未確認のままに手放してしまう言葉もないではなく、後日読み返せば不満箇所ばかりが目立ちますので、なるべく過ぎし日の日記は読み返さぬよう心掛けております。
 読者さまがたにおかれましては、どうかどうか、老人の繰り言などしょせん眉唾ものと、あらかじめご寛恕を賜りまして、今後とも末永く、なにとぞなにとぞよろしく、おん願いあげ奉りまする。

 ユーチューブにはただ今、全国名所にあって爛漫たる桜花の、眼も覚めるような動画が溢れかえっております。世間の、時代の生命力ということなのでございましょう。
 拙宅の老桜花はすでにおおむね散り果て、葉桜となりおおせましてございます。世間よりはるかに早く、盛りを過ぎたということなのでございましょう。