一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

聴くスポーツ



 同時実況で聴いている。

 FIFA U20 女子ワールドカップが南米コロンビアで開催されていて、日本チーム(愛称:ヤングなでしこ)が快進撃だ。グループリーグを三戦全勝で一位通過し、決勝トーナメント一回戦ではナイジェリアを一蹴。ベスト8に進んたところだ。次の準々決勝では因縁の対スペイン戦である。
 前回大会(二年前)には決勝で対戦し、破れている。2018年大会では、勝った。姉さんたち(なでしこジャパン)に胸を張って見せるためにも、ここは勝ちたいところだ。が、当然ながらスペインは優勝候補である。

 競技場は標高2600メートルの地にあって、富士山七合目に相当するらしい。並みいる強豪国も後半のスタミナ維持にはそうとう苦労している様子だ。
 ヤングなでしこは強い。大会二週間前に現地入りして、高地向け調整をしたらしいし、試合ごとにスタメンを大幅に入換えたり、メンバーチェンジを多用したりして、予選グループリーグから疲労対策をしてきた。これまでの四戦いずれにおいても、後半に表れる走力の差で相手を突き放してきた。

 同時実況で聴いている。ただし現地映像でもオリジナル音声でもない。それらを受信できるシステムもあるらしいが、私ごときにはパソコン高等技術に属するから、望むべくもない。
 現地映像やオリジナル音声を視聴しながら実況してくれる、ありがたいアナウンサーがユーチューブ上にいる。チャーさんというユーチューバーだ。
 画面ではつねにクロックが動いている。得点状況からシュート・コーナーキックフリーキックの数から、今ピッチ上にある選手名からポジションまで、じつに要領よく明示されてある。得点が入ればシューターもアシストも記入される。シュートが放たれたりメンバーチェンジがあったり、イエローやレッドカードが出たりすれば、すぐさま画面に反映される。
 視聴者にしてみれば、スコアブックを観ながらラジオ実況を聴いているようなものだ。しかもこのチャーさんなるおかたは、いったい何者だろうか。じつに実況がお上手だ。

 「今のアシスト、だれだったんだろう」「だれがメンバーチェンジしたんだろう」ということも起りうる。独りで様ざまな操作をこなしているのだから、当然だ。画面右寄りのチャット欄に、リスナーからの情報が入る。どうやら現地映像とオリジナル音声とを視聴しながら、チャーさんの実況をも聴いている高等技術応援団が、ライブチャットに多数集っているらしい。「おーそうか、○○さん、ありがとう」となる。
 公共放送では成立しようもない仲間意識だ。チャーさんはみずからの番組を「応援実況」と称び、「さあ、一緒に応援しましょう」とリスナーに語りかける。意図はまことに明快であり、しかも実現されてある。


 サッカーファンのみが集うチャンネルではない。ドジャースの大谷選手出場試合もある。パリ・オリンピックの卓球試合もあった。パラリンピックの車椅子テニスもあった。バスケもバレーもあった。フィギュア―スケートまであった。要するに、スポーツファンなら見逃せない試合であるにもかかわらず、日本のテレビ地上波では取上げる気すらなさそうな試合であればなんだって、チャーさんの取扱い分野なのだ。
 それでも各競技の特質やルールから歴史まで、選手名から過去の戦績まで頭に入っていなければ実況はできないから、たいへんに幅広く、かつ年季の入ったスポーツ観戦者なのだろう。

 ラジオの同時実況というものが、私は嫌いではない。ファイティング原田とポーン・キングピッチの一戦を、バンコクから送られてくるラジオ放送で聴いた。時に雑音がひどくなり、音声が途切れるのではないかとハラハラしながら、胸躍らせて現地の模様を思い浮べたもんだ。テレビの衛星放送なんぞというものは、想像すらできぬ時代だった。
 「同時」ということの優越感は、とにかく凄まじい。翌日あたりからユーチューブ上に、「ヤングなでしこ快挙! 対ナイジェリア戦」なんぞと大仰な見出しを打ったダイジェスト動画が、いくつも投稿される。へん、俺はもう知ってるもんね、と思うばかりだ。