一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ざまあ

 いささか旧聞に属するけれど、日曜昼のテレビ番組「噂の東京マガジン」が、TBSからBS-TBSへ「お引越し」したそうだ。
 テレビレスライフの暮しゆえ、近年は視聴していない。が、なにせ放送開始から三十年以上にもなる長寿番組だ。かつては観ていた。「噂の現場」には興味惹かれる話題が多かったし、「やって! TRY」には毎回腹を抱えて笑わされた。

 森本毅郎さんには、NHKアナウンサー時代から、注目していた。室町澄子さんとのコンビによる「女性手帳」には、心に残るインタビューがいくつもあった。
 毅郎さんもさることながら、亡くなられたお兄さまの、森本哲郎さんのご著書からも、おおいに蒙を啓かれた。その地中海紀行や、フェニキアカルタゴの貿易路についての考察などは、今も古びてはいないと思っている。

 さて、BSへの「お引越し」番組だが、広報を観てみると、久びさの私でも知る顔ぶれ。つまり不動のメンバーがずらりと並んでいる。完成した型を築いてしまった番組の宿命とでも云おうか、出演する顔ぶれの高齢化が顕著だ。
 それでも型のご利益、番組はきっと面白いに違いない。
 森本さんとのコンビは、なんとも知的な笑顔の持ち主・小島奈津子さんだが、私ですら知っているくらいだから、彼女もお長い。
 かつてその席には、多くの美女たちが腰かけてきた。黒谷友香さんも。

 私は黒谷友香さんのもっとも古いファンの一人と自認している。この番組での森本さんのお相手や、刑事ドラマでの溌剌とした女性巡査などで、徐々に頭角を現していった黒谷さんだが、それより前に、およそ取沙汰されることもあるまいが、「HEN(変)」というドラマの脇役があった。いかにも漫画作品を原作とする学園ものといった、前向きで、正直申せば若者に媚びたこしらえだった。

 主役の佐藤藍子さんをめぐって、数名の男子が絡む運びだが、一人の男子が漫画を描かねばならぬ破目となり、急遽漫画研究会の女キャプテンから特訓を受けることとなる。黒縁の大きな眼鏡をかけて、ひょろっとした長身で、猫背。引っ込み思案で、声も小さく、いつも俯いて、相手の顔を視てしゃべることなどない。ただ漫画の技量だけは抜群だ。それが黒谷さんだった。
 小柄だがエネルギッシュで、超陽性の男子のこと。ゲッ、こんな暗いオタクから教わんなきゃいけねえのかよと、始めはしぶしぶ。ところが教わるうちに、彼女の控えめで豊かな魅力を発見しだして、気づけば彼女を好きになっている。
 そんなはずあるもんかと、自分に云い聞かせ、また男子仲間からは、選りにも選ってあんなオタクを、シンジランネ~と冷かされる。
 が、彼はついにある日、校舎の廊下に黒谷さんを追詰め、壁を背負わせて、交際を迫る。黒谷さんとて、彼を憎く思ってはいない。けれど男子と口をきいた経験もろくにない彼女のこととて、対応に窮する。男子はここぞと、押しに押しまくる。
 そこで、自分より背丈の低い男子を前に黒谷さん、俯いた姿勢のまま、
 「でも、恋とか、そういうのって、わたし、時間かかると思うよ」
 この台詞に痺れた。顔の半分を隠している前髪と横髪を上げ、黒縁の眼鏡を外し、演技で前かがみにしている背をすっくと伸ばした姿を想像すると、この少女はとんでもない女優さんになるのでは……。わが直覚に手応えがあった。

 エンドロールには配役名がなく、役者名だけが出た。えーと、先頭が佐藤藍子だろ、これが彼と彼、三人の女性がいて、次だとすれば、黒、谷、友香、これが彼女かしらん。
 そう当りをつけてはみたが、確証はなかった。当時は調べるすべも持たぬままに、お名前だけは記憶した。
 それからどれほど経ったろう。「噂の東京マガジン」で画面中央に黒谷さんが映し出されたとき、どういうわけか判らぬが、ざまあ見やがれと思った。

 今はもう、溌剌とした女性巡査などではない。玄人はだしの乗馬を楽しまれて、ナイスミディの理想的イメージと評される、あの黒谷友香さんである。