一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

流行

f:id:westgoing:20211028052756j:plain

 

 フラワー公園の隅に、金網で囲われた一画があって、プラットホームの両側に地下鉄が二輛停車している。もう長らく停車している。マニアではないから、型番などは知らない。世間でのお役目を了えた旧型車両なのだろう。

 同期生のあらかたは、金属板か塊に戻されているだろう。特別に出来の良かった奴は、外国へでも運ばれて、第二の人生を送っているかもしれない。幸運な奴だ。
 板か塊に戻されたほとんどは再加工されて、とんでもない所で生れ変っているかもしれない。たまさか擦違うことがあっても、互いに気づくまい。

 この二輛も、余生の軽作業ではあるが、働いてはいる。天気の好い日には乗降口が開きっぱなしになって、子どもたちが自由に乗り降りする。奇声や笑い声に包まれる。
 この場に停車するようになって直後のころには、隣町からも子どもたちがやって来た。近年はそれほどでもなくなった。園内を走り回る子どもらのなかには、見向きもしない子すらある。

 だがこの一年半以上、車輛たちは働けぬまゝだ。金網の扉は鎖で閉されている。コピー用紙ほどの大きさの白札が貼られ、「閉鎖中です」と墨書されている。その白札も、風雨に晒されて黄ばみ、角が傷んできている。
 各ご商売の営業規制が完全に解けたら、金網扉の鎖も外されるのだろうか。それとも開業当時ほどの人気がなくなっているという理由で、閉じ込められたまゝになるのだろうか。

f:id:westgoing:20211028061258j:plain

 金網の周囲は草木に囲まれていて、カンナが萎れかかっている。これほど多くのカンナの株を眼にする機会は、めったになくなった。かつて大流行した花だ。

 小学校高学年時分だったか、大人になったらどんな家に住みたいかという、図画の課題が出たことがあった。平屋の赤い屋根の家で、庭の花壇にはカンナを咲かせた。犬を飼っているのだが、コリーにするかスピッツにするかを、提出ぎりぎりまで迷った。ともに当時大流行の犬種だった。
 膝小僧にカサブタをこさえた息子が学校から帰って来て、父親である私はキャッチボールの相手になってやった。そろそろソフトは卒業だな、軟球を買ってやろうな。

 中学以降の暮しのなかで、図画とは似ても似つかぬ道を歩くようになっていった。カンナも、コリーやスピッツも、二度と流行することはなかった。
 さて今日は余生のお仕事。ズーム会議だ。