一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

梅雨ちかし

おやっ、ムクドリ

 ご近所の鳥たちにとって、東西南北往来の中継地となっている、音澤さんのお宅の庭木だが、人間の眼には塵埃としか見えぬ微小な種子が、大量にアスファルト道路に降るらしく、さかんについばむスズメの家族をよく観かける。
 昨日の朝はスズメではなく、単独のムクドリだった。ヒヨドリは多いが、ムクドリはやゝ珍しい。

 姿や大きさは似ていなくもない。尾がやゝ長く長身に見えるのがヒヨドリで、脚と嘴がオレンジ色がかった黄色いのがムクドリだ。
 ヒヨドリはほとんど樹上で過し、人間の姿が見える地上になど、降りてこない。人眼を避けて水浴びするときくらいのものだ。そこへゆくとムクドリは、人間に攻撃意思がないと視るや地上に降りてきて、餌を漁る。安全距離さえ保たれていれば、視られていても平気だ。
 歩き慣れているせいか、ムクドリは左右両脚を交互に出して、文字どおり歩く。ヒヨドリは地上にあっても、ピョンピョンと小刻みに跳ね移動する。スズメのように。

 入院生活のころ、隣の病棟がこちらより低層建物で、その屋上が病室の窓から見えた。雨上がりの陽光さわやかな朝、隣の屋上では、コンクリートの歪みにできた水たまりにヒヨドリのグループが飛来して、思うさま水浴びしていた。飲んでもいた。
 満足したものか一団が去ってゆくと、また別の一団がやってきて、同じように浴びた。小一時間も眺めていたが、飽きなかった。
 差額ベッド代のかゝらぬ大部屋の窓辺に立ったまゝ動かぬ、手術日待ちの老人を、看護師さんたちは不思議がった。なにしてるんデスカ? 説明すると、余計に不思議がられた。注目せぬほうが不思議だろう、と思ったが、重要任務繁多の看護師さんがたにとっては、当然の疑問だったろう。

失礼! のぞき見盗撮です。お許しください。

 さて音澤邸。なん日か前にも書いたばかりだが、お二階の屋根をも隠すモチノキの、梢あたりの上層部分は、ヒヨドリたちの定宿だ。一階の軒庇あたりの中層部分は、スズメたちの集会場である。
 鳥たちにとってはまことに居心地よろしい樹木と見えるが、その一因を、昨日発見した。幹に梯子が掛っている。どうやら幹に近い内側の余分な枝葉を、かなり剪定しておられるらしい。

 枝ぶり内部の風通しを好くするためだろう。これからの季節、虫(蛾や微小昆虫類の幼虫、そして蜘蛛)が湧かぬための対策であり、病害虫の予防でもあり、樹の健康にも有効だ。
 モチノキは枝の先端部分に精力的に徒長枝を伸ばしてゆく樹なので、ついつい各枝の先に注目しがちだが、内側を空けることも大切である。
 ご当主、六十数年前の原っぱ野球では二塁手二番打者というタイプだったが、あい変らず地味にご器用なもんだ。

 小鳥たちに居心地良い空間であれば、大型鳥類も眼をつける。
 十字路を挟んで向き合うファミマの前の電線に、カラスが二羽とまって、この樹を窺っていた。三日ほど前のことだ。
 カァカァとカラスがひと鳴きふた鳴き。ピィーッ、ピィーッと鋭いヒヨドリ独特の鳴き声。普段なら必要に応じて、ひと鳴きふた鳴きのところを、なん羽もがいっせいに十鳴き二十鳴き。臨戦状態の緊張感がみなぎった。
 樹木の内側ではスズメたちの集団がワチャワチャと、バリ島のケチャのごとくに鳴きつのっている。
 なにやら有事到来の不穏な気配に足を踏み出すこともできず、私は青信号を三つほどやり過した。

 結局カラスは譲歩したと見えて、二羽がもつれるようにして東へ飛び去っていった。八幡さまの桜の老大樹かフラワー公園のケヤキへと、帰っていったのだろう。
 これからの時期は、カラスの子育て季節だ。今は巣造りの資材集めだろうか。それともなにがしかの栄養補給だろうか。
 梅雨がくれば、カラスの気が立つ時期もやってくる。巣で子育て中のカラスに無頓着な(無知な)人間が、うっかり近づいたり真下を歩いたりすれば、威嚇されたり糞をかけられたり、子どもと侮られると攻撃されたりもする。

 主木モチノキの周りに数本の樹木。ヤツデのごとき灌木も混じる。そしていみじくも音澤邸の塀からは、バラも身を乗出して咲いている。