一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

置物


 わがホームコートである酒場「祭や」には応援団長殿がいらっしゃって、私の半生にあっては年齢差最大の友人が就任しておられる。ジジイに対してもご機嫌よろしく乾杯に歩み寄ってきてくれる友人は、今のところ世界に一人、この応援団長しかない。

 疫病による営業自粛時期があまりに長かった。筆は一本でも箸は二本、衆寡敵せず。食わぬわけにもゆかぬから、店主のヨッシーこと吉田さんは、昼間に会社勤めをした。
 さて強制自粛期間が明け、店を再開したいが、因果なことにこの男、世俗の業務も人あしらいもことのほか有能で、会社に必要な人材と化してしまっていた。辞表提出したところで、二つ返事で受理という運びにはならなかった。昇給を切出され慰留されてしまった。やむなく目下のところ、再開へ向けての地固め肩慣らし。週一土曜日のみ開店という、もったいなくもあまりに変則な営業形態だ。
 その土曜日も、入店口前には「closed」の木製看板が吊下げられたままだが、事情を知る定連は気づかなかったかのように、ずけずけ入店してくる。

 土曜じゃねえか、もう一週間経っちまったか。腰を上げてから気づいた。クリスマスイブである。並よりほんの少々だが自覚的な仏教徒だ。しかも子を悦ばせることなど考えずに生きてこられた人生だ。クリスマスはわが暮しの儀式として登録されてない。
 しかし今宵に限っては、応援団長殿に対したてまつり、手ぶらというのも恰好つかなかろう。かと申して、今から鉄道を使って池袋へというのも気が重い。
 赤いサンタと爪楊枝みたいな緑のモミの木が突き刺さった丸い生クリームケーキは、すでにだれかが持込んであるだろう。なにか手近で間に合う思案はないもんか。とりあえず、サミットストアに飛込んでみた。
 あるある。世には私と同じく緊急の間に合せを目論む御仁も少なくないと見えて、特設コーナーは色とりどり。洋菓子の箱入り詰合せがいく種類も。風月堂ナボナコロンバン、それにバウムクーヘンはどちらさまだろうか。

 遅ればせにパーティーへ途中参加。あまりに見事な時代認識の大ズレに、我ながら苦笑することになる。純白の生クリームケーキなど、影も形もない。小父さんがたに振舞われたビーフシチューや、白身魚ムール貝ふんだんの野菜煮込み料理が出たあと、さて応援団長殿へのプレゼント・タイムとなった。
 電池とリモコンで走らせるジープ。ポケモンのカード何百種類かのセット入りボックス。それらを分類・整理・収納できる部厚いアルバム型の専用ファイル。外国のサッカー・クラブ・チームのレプリカユニフォーム上下。背番号30、ローマ字名前はメッシだ。家族も子も孫もない私には思いつくはずもない、現代のプレゼントが相次いだ。

 応援団長殿はさっそく、ポケモンカードの分類に着手。アルバムへの収納順序や配列に頭を悩ませ始めた。こうなれば、ジジイなんぞをかまってる場合ではない。彼にとっては、揺るがせにできぬ大問題の連続である。

 当「一朴洞日記」では、アイキャッチであれ説明挿画であれ、写真はブツ撮りを原則としている。人物スナップを掲げれば容易に状況説明できてしまう場合にも、あえて避けている。
 例外として二種類の場合を許すのみだ。ひとつは遠方からのロングショットにつき個人特定不可能で、人物像というより人間もまた風景であると認定できる場合。もうひとつは、人物が子どもである場合だ。邪念を抱いてレンズを意識したりしていない年齢までということだ。
 応援団長殿の画像に映り込んできているヨッシーやチイママは、置物である。