一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ホーホケキョ



 元日の丑の刻(っていうと夜中の二時だぁね)に始まって、きっちり八日目ごとに、天空から妙なる音楽が聞えてくるって、誰が云い出したもんだか、まことしやかに云い触らされたことがあってね。拡散ってやつだ。

 いついっかの夜中、どこそこで俺はたしかに聴いたなんて輩が出てきた。ばか云いやがれ、突風が吹いたかなんかを空耳アワーだろうって、けなす奴も出てきた。たちまち噂は、東西南北にね、いや拡がったのなんのって。炎上ってやつだぁね。

 つらつら考えてみたんだがね、なんぼなんでも、まんま信じられる噺じゃねえや。かといって火もねえとこに煙だけ立った、と云い切ってよいもんだか、どうだか。
 人間の常識が知ってることなんぞ、昔も今も、高が知れてるからねえ。世の中が治まる前兆に甘露が降ったとかさ、乙女が降りてきて羽衣の舞を舞って見せたとかさ、噺まんまじゃねえとしても、なにかしらタネになることが、あったんじゃねえかという気もする。
 おかげさんで、もう長えこと天下泰平。天の上の連中だって、飲み食いは十分足りて、歌えや囃せや踊れやと、物まねやら狂言やらに興じて、よろしくやってるんじゃねえだろうか。それを聴き取れねえのは、こっちの人間たちの器量に罪があるというふうに、考えられねえもんでもねえや。

 んでもってさ、どっちにせよ、ちょいと面白い噂じゃねえかというんで、三月十九日の夕方から、もの好きが過ぎるいつもの酔狂連中が、あたしのボロ家に集って来ちまった。
 茶だ酒だと好い気なもんだが、明ければいよいよ、八日目の丑の刻だ。おのおの息を凝らして、耳を澄ませて、今か今かと待ち受けた。はてな
 夜はしらじらと明けてきた。窓のすぐ外には、梅の木が一本立っているんだが、早起きの鳥が一羽やって来て枝にとまって、ひと声鳴いたねえ。

  今の世も 鳥はほけ経 鳴にけり  一茶


一朴抄訳③