一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ただ歩く

 「ご来日おめでとう。なん年ぶりになるかしらん?」
 「帰国だよ。身内に慶事があって、一週間ほどね。十四年ぶりになるかな」
 「そりゃもうドイツ人でしょう。永住権も申請できるだろうに。やはりご来日だ」

 学生サークル古本屋研究会の立上げメンバーによる飲み会。今はドイツ、デュセルドルフ在住であるかつての二代目会長を歓迎して、三代目会長が音頭を取ってくれた。
 私方には記録も記憶もないが、諸兄の入学年度・卒業年度などを勘案して記憶をつなぐと、二〇〇四年の設立ということになるらしい。
 サークル立上げ以前にも、そのつど教室にて参加者を募って、若者たちとの古本屋巡りを実施していた。今もご指導をいただいている古書往来座ご店主の瀬戸さんや、クリエイターのながしろばんりさんは、古研の OB 格であり顧問格ではあるものの、正確に申せば「ワシらの頃は、まだ古研なかったもんネ」ということになる。

   

 「あれは君が無茶だったんだよ」
 「違いますって、みんなの意向を汲んだだけですってば」
 「じゃ、奥さんに訊いてごらんよ。あん時は奥さんも会員だったんだから。ときに奥さんお変りない? お子さん、お幾つになったっけ?」
 古い仲間が集れば、どうしたって懐かしい武勇伝に花が咲き、今思い返せば薄氷を踏むに似た、黒歴史紙一重の数かずの「実行」が回想される。日本大学藝術学部 OB と早稲田大学文学部 OB とが、どうしてここで並んで笑っていられるかといった経緯については、二言三言ではとうてい説明しきれない。現在はそれぞれの職場にあって、言葉にできぬご苦労を抱える身である。

 働き盛り苦労盛りの中堅 OB が、仕事を切上げて駆けつけてきてくれた。
 「君は中興の祖みたいなもんで、会も賑やかな時代で、順風そのものだっただろうに」
 「冗談じゃないっすよ。大変なことがあったんすから。だいいち、一朴爺さんの足がまだ丈夫で、とにかく歩け歩けとばかり、ホント、往生したんすから」

 今春大学院前期を修了した若 OB と、学部四年生として就職活動を始めた二人、つまり近年の執行幹部らも駆けつけてくれた。
 「爺ィもオヤジらも、元気ねぇ。ただただ歩いたってだけの噺なのにねぇ」
 「昔っから、こんなことしてたんですかねぇ。ま、飲んじゃいますか」
 はい、面目ない。ただ歩いてきたんです。