一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

日影伝い


 セブンイレブンにて、煙草を買っている。

 徒歩一分の距離にファミマがあった。なん十年も便利に買物させていただいた。閉店なさったところで代替は近所にいくらでもあるとはいえ、徒歩一分の煙草屋が消えたのは、私にとっては不便だ。
 店員さんにいっさい代金を触らせない完全自動支払機にも、ようやく慣れた。店内を二度ばかり見学して歩いた。弁当おにぎり・惣菜パンにお一人さま用惣菜かずかずがあり、酒類・飲料類があり、雑貨・文房具があり、雑誌ラックがあり、コピー・ファックスその他多目的事務機があり、トイレがある。菓子類やコンビニ商品に知識のない私には、ファミマとセブンの違いは判らない。が、不思議なもんで、煙草以外の商品を、まだセブンで買ったことがない。公共料金の支払いは、してみたけれども。

 前方の視界が霞むような雷雨はたった小半日のことで、また晴天と猛暑がぶり返している。が、気象ニュースによれば、北海道は記録的豪雨に警戒が必要だという。私は幸運に恵まれている、なんと暢気なものかと、日影伝いに歩きながら思う。
 中国では空前の集中豪雨災害だという。上流のダムが決壊せぬよう次つぎ放流し、河岸の堤を八か所も、当局が差向けた重機によって破壊し、河北省の市はいくつも水没したという。北京市内を護るために、地方都市や広大な耕地を遊水地化したわけだ。
 それでも北京市内に濁流は流れ込み、紫禁城内も冠水したという。たしか紫禁城は北が高く、南が低かったはずだ。南側の天安門広場をはじめ、目抜きの有名施設が建ち並ぶ大路あたりは、濁流の河と化したのだろう。

 独裁官僚機構による縦割り行政の弱点で、地方都市への警報や避難誘導などはことごとく手遅れだったらしい。情報開示はこれからも為されまい。住民の孤立化は今後いっそう深刻となろう。経済金融政策の失政や不動産バブルの崩壊が取沙汰されてすでに久しく、地方政府はどこも半ば破産状態に近い財政難らしいから、復旧にもさぞや手間取ることだろう。中央政府が地方政府を援助するとは思えない。
 地上波ニュースはどう報じているか、まったく知らない。ウェブ上に溢れかえるネット動画を観た限りでは、これほどの大濁流に翻弄された都市や田園からたとえ水が引いたところで、衛生環境は容易には戻るまい。途方もなく大量の腐乱物や瓦礫に見舞われよう。疫病や害虫の大発生となろう。土地を捨て、流出難民化する人口もあるかもしれない。

 近隣諸国での災厄ニュースを眼にするたびに思う。お気の毒をお見舞い申したき想いは湧くものの、わが国だとて他国の心配をしている場合ではない。漁船や木造船、手漕ぎボートからゴムボートまでを駆って、何百万もの人が命からがら各地の浜や磯に接岸したら、わが国にはなにができるのだろうか。
 むろん政治になんぞ、なにもできはしまい。道理も通るまい。制度とも道理とも無縁の、剥き出しの人間接触がいたるところで発生するだろう。文字通りの「人間力」が試される局面が、いたる所で発生するにちがいない。日本人は果して、それに耐えられるのだろうか。
 荒唐無稽の妄想だろうか。しかし歴史上の大戦争だの大移動だのは、さように発生したとも思える。
 

 セブンイレブンの正面はビッグエーだ。牛乳と缶珈琲とを補充した。ご自由にどうぞスタイルで積んである運送資材から、ころ合いのダンボール箱を二個いただいて、提げて帰った。古書店さんへ出す本を詰めるのに、ちょうどいい。小さいものでは、揃いものや同傾向をまとめるに不便だ。かといって大き過ぎると、重くなり過ぎて持ち運びに不便だ。この程度であれば、私でも持ち運びできそうだ。
 なんと暢気なものかと、日影伝いに歩きながら、また思う。