このところ酒場へ足を向ける機会がなくなってしまったため、とんとご無沙汰してしまってるが、美学者の森田 暁さんとは古い友達だ。SNS に思わず吹出すような画像が挙った。彼一流の、眩しいようなくすぐったいようなジョークだ。
健康維持を重視しておられるのだろうか。森田さんは連日のように街々辻々を歩き回られ、写真を SNS に挙げておられる。路地があり坂があり、いつからここに立っていたんだろうというような住宅街の巨木があり、現代住宅に囲まれながら古民家然とした庶民住宅がある。古看板があり朽ちかけた塀があったかと思うと、ひと目に着かぬ古刹や私道奥の社がある。観ていて飽きぬ写真が多い。
やはり近年お会いする機会のなくなってしまった古い畏友のおひとり冨田 均さんは、散歩の達人とお称びするにふさわしく、この道の遥かなる先達だ。名著『東京徘徊』を第一作として、引続き何冊もの傑出した東京散策本がある。
それよりずっと後年だが、「ライカ同盟」を名乗られた先輩がたによる「街頭観察」の運動もあった。写真家の高梨豊さんは、まあご本職としても、同士がたは秋山祐徳太子さんや赤瀬川原平さんだった。周辺には南伸坊さんだの嵐山光三郎さんだのもあって、ゴロンゴロンした個性の集団というか、面白がる達人の集団だった。
森田 暁さんの活動も、その水脈を遥かに継承するお仕事と思われる。冨田さんやライカ同盟の先輩がたにはなしえなかった、SNS という媒体を使った、今日的なさりようだ。
ところで標記の貼紙画像だが、お説まことに同意なれども、われら平民には困ったことが生じるかもしれない。
平民①「図星を刺されちまった。そりゃそうだ。今日のところは云うとおりにしとこう。こっぱずかしくって、金輪際この店へは来られねえや」
平民②「ふだんから私、スミマセンって云ってきたのよ。でも貼紙のせいでこう云ってると思われたら、なんだか恥かしくて、どう注文したものかワカンナ~イ」
平民③(店主)「客の行儀は好くなったんですがね。リピーターが減りましてね。売上は減っちまいました。どうしたもんでしょうかねえ」
平民④(店員)「奴隷呼ばわりもムカつきますけど、時給やシフトが減らされるほうが、もっとアタマに来るんですけど」
平民⑤(留学生)「日本人って、とにかくしょっちゅう謝るよね。なんなのアレ?」
通販業界で広告やカタログの文案を書いて暮していた時分に、先輩からきつく諭されたことは、こうだった。
「いいかい、この広告に釣られて買ったと、けっして客に気取らせてはいけねえんだ。自分で選んだと思わせるように、釣るのがコピーの上ってもんさ」
後年、読書案内だの紹介文だのといった埋草記事を書くようになったとき、おおいに役立つことになる教えだった。