一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

緊急臨時作業


 久方ぶりの降雨だった。草むしり後の痩せ地には、恵みの雨だった。

 雑草をむしるということは、地表が露わになるということだ。土から保水力が奪われ、過剰乾燥に陥るということだ。いくらかでも緩和しようかと、枯草山を運んで、地表に敷き詰めておいた。十分に枯れ切った山がよかろうと、春にむしった草を建屋の裏手(北側)に積上げたままになっていたひと山を使った。少しでも地に馴染ませようと、旧植木棚残骸の朽ち板を、中央に載せておいた。

 ひと夜の雨とはたいしたもんで、枯草類はシンナリとなっている。朽ち板を退けると、平たく圧縮されてへこみ、板が被っていなかった周辺は盛上っている。
 予定外だったが、急遽埋めこみ作業だ。スコップの先で山をほぐしながら、土を掘返して、被せてゆく。いわゆる鋤きこみ作業である。
 ながらく冷蔵庫の肥やしとなっていた、もう開封して食卓に載せる気のない瓶詰めを三個ばかり開封して、中身を混ぜ込んだ。もとはジャムだったもんかマーマレードだったもんか、果実の砂糖蜜漬だったもんか。もったいながって開封を先延ばししているうちに、消費期限を逃してしまった、面目ない美味たちである。バチ当りなことをした。

 この場所の雑草をむしったのは、もうなん日も前だから、さすがにコオロギの姿はなかろう。と思っていたら、ブロック塀を慌てて這い逃げる奴がある。ハサミムシだった。黒光りの色が淡い、まだ若い虫だ。近年そうやすやすとは視かけることのない奴だ。こんもり盛られた枯草山がたっぷり水気を含んだジメジメ環境は、連中の大好物だ。
 性質獰猛な肉食で、ダンゴムシや蜘蛛の幼虫などは食ってしまうと聴いた憶えがある。とにかく湿気の多いところが好きで、わが幼少期には和式汲取り便所でしばしば視かけた。たしかチンコキリだったかチンポキリだったかの異名をもっていたはずである。じっさいに食いつかれた人の例は耳にしたことがないけれども。
 ともあれ、ベンジョコオロギの異名をもつカマドウマと並んで、粗末な日本家屋の湿気箇所とは切っても切れぬ、懐かしの両悪役だった。
 こんな機会でもなければ、日ごろ思い出すことすらない、ハサミムシからもカマドウマからも視放された暮しを、我われはしている、ということだろうか。

 ともあれ、春にむしって積上げられたままだった枯草山が、ようやくひとつ片づいた。この場所には、大切な連中を植替え移動させて来る構想があるので、早いところ発酵分解が進んでもらわねば困るのだ。改めて如雨露で追い水をかけ、朽ち板を横たわらせておく。