一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

夜更けの国際色



 日曜二十二時のコインランドリー。なるほど、わが町の、これがひとつの横顔か。

 設置三タイプのうちの中型洗濯機一台で済ませるか、小型機二台に分けるか、判断に迷う量だった。ものぐさインターバルがつねである私にしては、少量の洗濯物といえる。シーツだのタオルケットだのといった大物が、一枚も含まれぬからだ。ジーパンや、衣更え残党の冬パジャマやジャージなども含まれない。
 小型機二台に振分けてみた。バスタオル二枚、汗拭きの汚れタオルなん枚かに、このさいとばかりに家じゅうの洗面所や脱衣場からかき集めたタオル類、それに台所の汚れ布巾数枚。これで一台。タオル地の毛羽がわずかに移ったところで、さほど迷惑でもない一群である。夏パジャマと上下肌着と靴下とをそれぞれなん組かづつ、それにハンカチ。これでもう一台。
 いかにも洗濯の優等生といった分量だ。だが、と思案して、中型機一台にまとめた。倹約を考えたわけではない。汚れ跡皆無の白銀を思わせるタオルなど、もはや必要とせぬ余生ではないか。除菌され、最低限の清潔が保たれさえすれば、多少の色褪せやら色残りになど、こだわる必要もない暮しではないか。申しわけに、アタックを多めに投じたけれども。

 入口近くでは、西洋人青年が丸椅子に腰掛けて乾燥機に寄りかかっている。
 そこへ二人連れのアジア系外国人青年が入って来た。二人とも背中にギターケースを背負っている。形状からするとエレキギターのようだ。ライブ帰りのミュージシャンだろうか。陽気に交す言葉は、中国語でも韓国語でもないようだ。今から海外旅行に発つかのような、キャスター付きの布張り大型トランクを、床にデンッと横たえ、三方のジッパーを引き開けた。洗濯物が詰っていた。なるほど、パンパン詰めにするには、布張りトランクでなければならぬわけだな。談笑しながら二人は中型洗濯機二台に目星をつけたかと思うと、無造作な手つきで順不同に、トランクの中身を鷲掴みにして二台へ放り込んでいった。そして空になったトランクを曳いて出ていった。
 入口近くに腰掛けた西洋人青年は、視なかったことにするかのように、俯いていた。

 私の洗濯時間は今から三十四分だ。今夜は夜更けても蒸し暑い。そのうえ二台の乾燥機が回っている状態の今、ランドリー内はサウナ室さながらだ。予定どおり、セブンイレブンとビッグエーへの買物に向った。
 時間を見計らって戻り、選択終了した中味を乾燥機へと移す。丸まったり絡まったりしている洗濯物を、剥がしてバラして広げながら乾燥機へ放り込むのが、私のやりかただ。わずかでも皺よりが緩和できるのではないか、乾燥効果が挙るのではないかとの、淡い期待からだ。実際の効果についての確証はない。
 西洋人青年はまだ椅子に腰掛けていた。ただし先刻とはちがって、足を組んだ膝の上でノートパソコンを開いている。背後の乾燥機が作動しているところを視ると、彼の洗濯物も洗濯機から乾燥機へと移動したらしい。

 アジア系外国人らしき若いカップルがやって来た。交している言葉は、さっきのギターを背負った青年たちとは、また別の言葉のようだ。私が来店する前から回っていた二台の乾燥機はすでに停止していて、それがカップルの洗濯物だったらしい。ゴミ出し袋ほどもあろうかという大袋ふたつに手早く収めると、さっさと出ていった。
 アジア青年の二人組がやって来た。ギターケースは背負っていないし、大型トランクも携えてはいない。部屋に置いてきたのだろう。彼らの洗濯機は少し前から停止したままだ。蓋を開け、中身を鷲掴みにして、対岸の乾燥機二台へと粗っぽく放り込むと、アッッという間に出ていってしまった。
 私の乾燥機が回り始めた。今から三十分。季節が好ければ、つかの間の読書タイムとなるのだが、今夜はとてもじゃないが、ここで待つわけにはゆかない。往来へ出て、ポケットから携帯灰皿を取出して煙草を吹かしながら、あたりをブラブラする。眼の前に立つ飲料自販機は使わずに、最前ビッグエーの安売りで買ったカルピスソーダのキャップを空ける。さいわいかすかに風が出てきた。筋向うに新開店したやきとん屋さんが店仕舞して、シャッターを降しておられた。


 同時に回るなん台もの乾燥機が発散する熱は凄まじく、さすがに堪えかねたのだろうか、それに店内から人影が絶えたこともあったのだろうか。西洋人青年は自分の乾燥機の前の丸椅子を離れた。戸口の外に立ったまま、店内から漏れ来る灯を頼りに、左の掌に載せたノートパソコンを右手で操作している。
 視かねた私は、いったん店奥へ戻り、空いたまま行列しているだけの丸椅子の一脚を手に取った。
 「ご自由に、使っていいんですヨ」
 一瞬驚いた表情を見せた青年だったが、「アリガトゴザイマス」と素直に腰掛けて、パソコン操作を続けた。
 厳密に申せば、店内設備の移動および店外への持出し禁止という条項に抵触するだろう。でもまあ、目視できる距離だし、意図・目的はもっともなのだし、大目に視てもらえる範囲ではないだろうか。


 乾燥終了の電子音が聞えたので店に戻ってみると、アジア二人組のぶんが完了したので、私のは乾燥を了えて「ただ今クールダウン中」のランプが点っていた。三分間余りかかる。青年の乾燥機が、そしてほどなく私の乾燥機が、相次いで終了の電子音を響かせた。
 家に戻って畳み直さずに済むように、乾燥機から分野別に取出した乾き物を簡略に畳みながら袋詰めするのが、私のやりかただ。
 二人組がやって来た。むろんギターケースを背負ってはいないが、今回は大型トランクを引っぱっていた。三方のジッパーを空けて床に大きく開くと、乾燥機の中身を最短手順で放り込み、去っていった。
 パソコン青年は、私ほどではないにせよ、乾き物の嵩を小さくしてリュックに詰めていた。それを背負ってからこちらを向き「アリガトゴザイマス」と、幼児がバイバイするように手を振って、去っていった。

 習慣の違いだの教養の違いだの、さらには文化の違いだの国民性の違いだのと、大袈裟な言葉を振回すべき事例ではない。個々人の人柄の、ちょいとしたいろいろである。
 私と店外の丸椅子とが残された。移動したのが私なのだから、元へ戻すのも当然私の役割ということだ。
 日曜日の二十三時過ぎ。この一時間余りに、私以外に日本人は入店しなかった。