一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

猛暑の陣、火ぶたを切る



 猛暑戦開幕といっても、甲子園のことではない。

 家ネズミの仔を四匹駆除できたのは、六月末だった。壁の裏や家具の背後で、夜中にかすかな物音がする機会はめっきり減った。が、一家が全滅したわけではないことはあきらかだ。だいいち、捕獲されたのは仔ネズミばかりで、親は未逮捕だった。
 物音が皆無となったわけではないし、ゴミ袋にかじり穴が開けられてあったりもした。生ゴミはもちろん乾物や石鹸まで、ビニール袋のままに放置することはできなかった。ゴミ袋は流し下の収納スペースに収めることとし、ネズミの気を惹きそうな匂いを発するものはすべからく、缶や樹脂箱に収めた。それでもわが迂闊から、こんなものまでかじるのかというものに小穴が開けられ、驚いたり感じ入ったりしてきた。

 一匹駆除するたびに仕掛けごと廃棄してゆくから、装備も弱体化してきた。しかし物音がめっきり減ったことにかまけて、貧弱装備を仕掛けたまま、なかば放置状態でひと月あまりを過してきた。ところが、である。昨日今日の二日間で、一気に四匹もの仔ネズミが仕掛けに掛ってきた。
 観察してみると、どうやら由々しき事態だ。

  
 六月に駆除した連中よりも背丈が小さい。尻尾も短い。生残った兄弟であれば、この間に成長しているはずなのに、逆である。
 ということは、四匹の仔らを喪った親が新たな子育てを始めたか、それとも新たな親が拙宅に住み着いたかの、いずれかである。そして幼い仔ネズミが拙宅内を歩き始めた。
 親は知恵が働き、用心深い。仔ネズミははるかに不用意だ。
 「だから用心しろと、あれほど云っておいたじゃないか」
 「だってぇ、これほどのベタベタとは知らなかったんだもん。身動きできないよぉ、母さん、助けてぇ」
 「こうなっちまてからじゃあ、母さんにだって、どうにもできやしない」

 仕掛けを二つ折りにして粘着をがんじからめにするとき、仔ネズミたちはキューと甲高い声でひと鳴きする。バケツに水を張り、仕掛けごとザブリと浸ける。径一ミリか二ミリの小さい泡が、二三個から五六個ほど浮いてくる。
 その一部始終を、親はどこかで観ているだろうか。まさかそんなことはあるまいが、願わくはどこかで密かに監視していて、この家はヤバイからどこかへ移住しようと、判断してくれないものだろうか。

 最新改良型の粘着兵器を、今回また二基も消費してしまった。それに加えて、陽動としてとある通過路を塞いだだけのつもりだった旧式型落ち兵器にまで、なんと二匹の仔がいっぺんに掛ってしまった。どこまで不用意な仔らであろうか。
 ともあれ当方としてみれば、戦機はここにしかないのだ。すぐさまマツキヨへと走って、最新型兵器五基セットを緊急補充した。軍事費予算の執行である。