一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

お食事中のかたは



 ご存じタカセ珈琲サロンのブランデーケーキとアイス珈琲です。写真の二度使いはいたしておりません。入店のたびに、同じおやつを註文しているのです。
 お食事中のかた、これからお食事予定のかたがもしおいででしたら、この写真のみをご覧いただきまして、本日はどうかここでお引取りくださいまし。

 やれやれ、これで最低限の秋彼岸も済ませたと安堵の想いで、パソコンに向っておりました。日付けが変るころのことです。左手方向の床でカサコソと音がいたします。おいでなすったな、と思いました。生残りのネズミです。私を舐め切っておりますから、餌を求めての探索で、近くの物陰から物陰へと、ぬけぬけと移動してゆくこともあるのです。それどころか、開かずの間になっている場所よりも、私の日常移動範囲のほうが、餌にありつける可能性が高いと承知しているようですらあります。
 冷蔵庫に収められる食品は、もちろん納めます。玉ねぎは樹脂糸の網袋に収めて、冷蔵庫のどてっぱらに貼りつけたマグネット・クリップに、吊るしてあります。いずれの足場からも跳びつけぬ高さです。生ゴミを含む台所ゴミは、毎日小袋に捨てておりまして、それをきつく絞るなりビニール紐で縛るなりして小さく固めてから、大ゴミ袋に放り込んで、ガス台下の収納スペースに収めて扉を閉めております。調味料類や削り節や干し海藻類も、商品パッケージから出してガラス容器なり金属缶に収めております。

 それでも時おり、当方の油断を衝かれます。まさかこんなものまでと高を括っておりました、しそ振りかけ「ゆかり」の袋を喰い破られました。食品ゴミなどないはずのプラゴミ袋に数か所も穴を開けられました。プラゴミのなかに6ピーチーズの個包装フィルムが小さく丸められていくつも入っていたのが、どうやら彼ら好みの匂いを発していたらしいのです。鴉が森林ではなく人里を餌場とするように、家ネズミも天然の食糧を漁るより、私の身辺を見張るほうが効率が好いと判断したのでしょうか。


 しかしながら、いかに耄碌したとはいえ、失策から学んで次策を工夫する力は私にだってあります。最新粘着兵器を完備して、その設置場所にも頭を使いました。
 今春の本年第一次繁殖期には、四匹の仔ネズミを駆除しまして、いったんは静かになりました。ところが暑い盛りに第二次繁殖期が来まして、被害はそれほどとは見えませんでしたのに、八月前半の激戦期二週間に、仔ネズミ七匹を駆除いたしました。
 それで物音はまったく聞えなくなりましたが、まだいるなという観察所見はありました。被害はめっきり減ったものの、ビニール袋やボール紙箱にかじり穴を空けられる例は、皆無とはならなかったからです。無知で無邪気で経験不足のままに駆除されていった仔ネズミたちよりも、生残ったのは大きくて用心深い奴と思われました。

 で、最後の駆除からひと月を経ました今夜、カサコソ音が聞えてきたのです。しかも音は続きました。ふつう彼らは、移動中に物を踏んだり接触したりして音をたててしまいますと、肝をつぶして一瞬立往生しますが、すぐさま気をとり直して危険回避すべく素速く移動します。その場で音をたて続けることはありません。変です。
 使わなくなって十年以上にもなるテレビとファックスとの間の、掃除も行届かずに埃まみれの壁際いわばデッドスぺイスに、それとなく仕掛けておいた罠に、彼は捕えられておりました。この夏の七匹よりははるかに大きく、驚くほど尻尾の長い奴です。兵器から逃れようと、さかんに藻掻いております。もっとも長期間にわたって、私との戦闘を繰広げてきた一匹でしょうか。
 彼が最後の一匹だと楽観するわけには、まだまいりません。が、大きな峠をひとつ越えた気分になったことは、事実であります。


 冷蔵庫へ飲料を取りにまいりまして、脇の流し台の蛍光灯を点けますと、丈二センチほどの中ゴキブリが、驚いたように逃げ去ろうとしました。この小流し台にも階上の台所の流し台にも、咄嗟の兵器としてそれぞれゴキジェットを装備しております。迷わず腕を伸ばし、噴射しました。と、毒ガスの匂いに堪りかねたのでしょう、三角コーナーの水切りの陰に潜んでおりました、丈五センチほどもありそうな大ゴキブリが、うろたえて走り出てきました。お前もいたのかっ、第二次噴射です。
 ステンレスの側壁を這い登ろうといたしますが、この毒ガスは即効性で神経に損傷を及ぼしますので、登り切れずに落下いたします。呼吸困難に陥るものか、それとも平衡感覚を保てなくなるものか、ジェットの毒ガスを浴びたゴキブリのほとんどは、仰向けにになって足をバタつかせます。苦しいのでしょうから、早く成仏させねばなりません。第三噴射です。物を抱えるかのように六本足を畳んで、動かなくなります。
 親子でしょうか、たんに親戚の大人と少年でしょうか、二匹並んで仰向けのまま動かなくなりました。

 せっかく秋彼岸のお詣りを済ませましたのに、その深夜には、たて続けに殺生いたしました。お食事前の読者さまには、たいへんご無礼いたしました。