一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

馬車のうしろに

 

 この一画だけが、春以来四回目の草むしりだ。敷地内での最高回数を誇る。

 往来に面している。只今工事中を示す、オレンジ色の仮フェンスを立ててあるだけだから、金網越しに敷地内が丸見えだ。
 今さら見映えを気にするにも値しないボロ家ではあるけれども、見苦しいにはちがいない。祭のさいには、ふだん通行なさらぬかたも数多く通りかかられることだろうから、見映えよりなにより、土地の氏神さまにたいする敬意を示すためにも、小ざっぱりさせておくべきだと、むろん考えはした。町内の印象を保つ観点からも、ご近所への礼儀だとも考えた。しかし手を出しかねた。草むしりに適さぬ空模様が続いてはいたが、言いわけにはならない。

 内側が丸見えだと、些細なゴミのポイ捨てなんぞ大過あるまいと見えてしまうのが人情だ。ことに猛暑下の薄着でポケットもなく、物入袋も携帯してない状況を想像すると、このていどならとの出来心ももっともだ。
 投げ入れられるゴミのほとんでは些細なもので、煙草や菓子の小箱を開封したさいに切り離されるフィルムや銀紙がもっとも多い。吸殻もある。飲料ペットボトルのキャップもある。尖ったものか細いものを保護していた部品ででもあろうか、謎の微細物体なんぞもある。多くはプラスチック製品だから、放置するうちに土に還ってくれるものではない。いや、生物由来の物質だから、いずれ土に還ってはくれる。ただ数百年から、物によっては三十万年かかるらしい。やはり私が摘んでおくのが無難というものだろう。

 天気予報から推して、早起きして早朝作業をすべきだった。承知しているくせに、インターネットでサッカーの試合を観てしまった。サムライジャパンの対バーレーン戦である。
 作業開始は午前十時。さっきまで朝だったのに、見るみるうちに陽射しが強くなり、急激に気温上昇してくる時間となってしまった。作業は三十分を超えてはならない。いつもの拙速で、粗むしりしておくほかない。桜の切株周辺の俊足な連中を除去し、花梨の根元周辺のフキ群落を引っこ抜く。どういう風に乗ってきたものか、鬼アザミがひと株だけ顔を覗かせていた。コイツだけは黙認できない。鎌とスコップを持出して、根の先端まで丁寧に掘り起して始末する。
 作業精度の点で心残りではあるが、ギリギリ三十分でともかく作業終了した。ティーシャツも短パンも下着も重くなっている。すべて洗濯物袋に放り込んで、浴室へ飛び込んだ。冷水シャワーを長く使った。

 
 さいわいにして今日は、ポイ捨てゴミか、ともすると風に吹き寄せられたていどのゴミで済んだ。飲み了えた置去りゴミや、弁当殻などの大胆放り込みゴミにはお眼にかからなかった。
 祭の期間中には、街のあちこちに置去りゴミが目立った。ご迷惑と思っちゃいるけれども、適当な捨て場所が見つかりません、せめて回収しやすいかたちで置いてまいりますという、心苦しさや面目なさを表現したゴミたちだった。

 私にだって反省はある。日ごろからもっと小ざっぱりさせておけば、どなただってポイ捨てする気になりにくかろう。やはり祭の前にどうでもむしっておくべきだったろうか。馬車のうしろに馬をつないだことになったか。気温上昇の作業中に、気を紛らわすために、そんな考えも頭をよぎった。
 乗合馬車の背後に、なに食わぬ顔の蠅を一匹舞わせたのは、横光利一だった。乗合馬車の後部座席の隅っこで、娘をひとりシクシクと嗚咽させたのは、モーパッサンだった。横光はモーパッサンのアレを読んだにちがいないと、あらためて思った。