
百日紅 大師 藁緒を結いなほし
腹づもりよりも一日遅れとなってしまった盆詣りである。両親を迎えにやった車が、渋滞に巻込まれてしまった、というところか。茄子や胡瓜に割箸の四足を刺しての乗物は、かえって高くつくので、かような仕儀となる。今日こそは、猛暑に意気を削がれまいと、午前中から行動開始した。
花長さんで花を都合したら、まず金剛院さまの庫裏へご挨拶。拙宅では両親郷里の風習を今に堅守して、わがままにも身勝手にも旧盆で押し通してきた。昨月金剛院さまにてとり行われた盂蘭盆会には、あえて失礼した。そのことをまずお詫び申しあげねばならない。そしてご本尊への供物をお渡しし、お供えの代行をお願い申しあげる。
「お宅さまばかりではありません。昨日今日お詣りのかたも、けっこうおいででございますよ。どうぞお気になさらず」
「さようですか。たしかにご商売のかたがたも、お盆休みと称されて、今休業しておられますよね。商店街がまあ静かなことといったら」
「まったくですねえ」
というような世間噺をひとくさり。線香を二把、分けていただく。霊園にはたしかに、あちらにひと家族こちらにもうひと家族というように、まさになごやかなお盆詣りの光景が視られた。
拙宅墓が済んだら、向う三軒両隣の墓所前に水撒きして浄めてから軽く一礼。背中合せの墓所へもご挨拶。奥の院まで歩いて、開山以来の全ご住職が列座される墓所群に一礼。あとは生前の父母と懇意にしていただいたかたがたの墓所にお詣りする。
やがては私もお世話になるにちがいない、墓守の絶えた無縁仏合祀観音に予約を入れておき、道案内の六地蔵には当方の顔を憶えていただく。この町の前身である村が形成された幕末期より以前の、近在一円の石仏群を集めて塚とした、いわば先住民がたの魂群にも敬意を表しておき、水桶に残った水は、蓮池に投じる。
本堂へは光明真言を三度唱え、大師堂(札所)へも同様に。あとは大師銅像を取り囲むミニ四国巡礼である。最後に庫裏へ一礼して、今年の盆詣りを了える。
すっかり陽が高くなり、気温も急上昇してきたようだ。百日紅が毒どくしいほど紅い。
毎回最小の花束をいただくだけのお付合いに過ぎぬ花長さんには恐縮ながら、今回も色の配合にだけは注文をつけた。
父という人は花の種類なんぞ、なんでもよかった。というより植物の名などほとんど知らなかった。ただ赤ければ赤いほど機嫌が好かった。カーネーションと鶏頭とが左右に入った。母は紫が異様に好きだった。藤色めいた薄紫も好きではあったが、とりわけ濃い紫と藍とが好きだった。竜胆(リンドウ)が左右に入った。