一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

肌寒

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 応報は玉突き事故のごとし。
 拙宅だけだろうか。昨夜は妙に冷え込んだ。翌日は収録予定だから、夕食を摂ったら、早く寝るつもりでいたのに、誘惑に負けて、熱燗一本つけてしまった。これが始まりである。
 これがまた、たゞならぬ美味さだった。常用の鶴首徳利はおよそ一合三勺だが、ゆっくり味わう間もなく、空になった。それもやむなしと、常なら諦めるが、昨夜は本当に寒かった。血気盛んな時分を想えば、これしき酒のうちには入らぬという気が、ふと湧いてしまった。

 もう一本となれば、ラッキョと山葵漬だけでは、肴が足りない。若布と胡瓜の酢の物でもと、冷蔵庫を開けた。と、大豆の水煮の袋が眼についた。保存食を作るつもりで、昼間買っておいたのだった。
 若布を水戻しするなら、ついでにヒジキも戻すか。胡瓜をスライスして塩をする間に、人参を刻んでしまえる。ちびりちびりやりながら、手早く三杯酢を仕立てる。

 若布・胡瓜酢はできた。ヒジキと大豆と人参の炊きものも、鍋に懸った。こゝで計算違い。二本目が空になっても、ヒジキが炊きあがらない。手持無沙汰である。
 かといって今の衰えた酒量を考えれば、三本では明日の仕事に響く。紹興酒に切換えた。飲み過ぎは禁物だから、オンザロックのグラスに換える。これがまた美味い。

 ヒジキは炊けたが、紹興酒であれば、もう一杯くらいなら差支えあるまい。どうせこゝまで来たのだから、鍋が冷めるのを待って、本日の炊け具合を味見してから寝たほうが安心だ。
 「ラジオ深夜便」にダイアルを合せる。
 結果は無残。もう一杯では済まなかった。

 おゝいに熟睡できた。たゞ熟睡し過ぎた。今日はユーチューブの収録日。ディレクター氏がご来訪くださるが、もうあまり時間がない。通常の第一食はとうてい無理だ。
 台本などはなく、毎回思いつくまゝのブッツケ漫談だが、それでも、だいたいどんなふうに噺を運ぶか、大雑把な流れくらいは思い出しておきたい。

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 ハラダベーカリイへ走る。豊島メンチとポテサラサンド。コッペに挟んだふつうのメンチサンドも大好物だが、カリッとしたフランスパンに挟んだオリジナル・メンチサンドは、ひときわ絶品だ。
 炊事・食事・洗い物の時間をすべてカットできて、かなりスケジュールに追いつけた。準備不足は常のこと。あとは度胸で仕事することにする。

 さてこのディレクター氏だが、尋常ならざる読書家で、いつも新情報や新見聞をもたらしてくださる。触発されて当方も、日ごろ忘れていた事どもをついつい思い出して、余談に花が咲き過ぎて脱線し、さらにそこからも脱線して、しまいにはもとの噺そっちのけになったりもする。たびたびさような事態となる。
 十五分かせいぜい二十分以内のお喋りを、四本撮りするから、正味一時間半もあれば足りるところを、たいてい五時間ないし六時間ほど、お引止めしてしまう仕儀にとあいなる。
 ご多忙の身であろうに、またご家庭では奥様お待ちだろうに、まことに申し訳が立たない。もっと手早く仕事をしなければと、毎回反省しきりの破目となる。
 加えて今日の場合、昨夜あまりに冷え込んだことが、真犯人といえよう。

 それにしても、大の男が二人して、いや大の男一人と賞味期限切れのジジイ一人との二人だが、酒も飲まず、食事もせず、お互い持参のペットボトルを時おり傾けるのみで、差向いなんと五時間あまり。
 このさい、はっきりさせておこう。このディレクター氏、相当に変な人である。