一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

グリーン


 うっそうたる青葉。好いもんですなぁ。
 近所のフラワー公園。向うの城西大学附属高校の校舎が隠れてしまう。

 砂場や遊具が集中するあたりには、お子たちを遊ばせるお母さんがた。お父さんもお一人。好いもんなんでしょうなぁ、きっと。
 離れたベンチには、車椅子を脇に置いたご高齢者と介助のかたが。柔かい昼下りの陽射しのなかで、ほんのひととき車椅子から離れる。かけがえのない時間なのでしょうなぁ、きっと。

 この繁茂のなかから、異様な緊張感みなぎる鳥の声が聞えてきた。よく耳にするヒヨドリでも、むろんスズメでもない。この声は、との予感。散髪など後回しだ。歩み寄ってみる。

 やはりセキレイだった。ギャーッ、ギャーッと、臨戦態勢の威嚇声だ。しかもどうやら一羽二羽ではない。オナガの鳴声は、その姿とは似ても似つかぬ悪声である。分類学上ではカラスの仲間と聴けば、妙に納得がゆく。
 それにしてもこの緊迫感。なにが起っているのだろうか。たゞごとでないことは明白なのに、あたりのお母さんがたは誰一人、気づいてもいらっしゃらぬ様子だ。どなたかに話しかけてみたい気も起きたが、不審者老人に話しかけられて快くご対応くださりそうなかたは、一人もない。

 ケヤキの繁みからカラスが一羽、飛出した。尋常の速度ではない。城西高校の体育館の方角へ。繁みからはセキレイが二羽、飛出してきて、カラスを追う。カラスは急角度に旋回。セキレイの追跡を振切ろうとするらしい。セキレイも急旋回。もとの樹に近づく。繁みから三羽めのセキレイが姿を現し、追跡に加わる。カラスは別の樹にもぐった。三羽のセキレイも繁みにもぐった。セキレイたちの差し迫った鳴声が続く。

 どうやらセキレイが縄張りとしていた樹に、カラスが潜りこんできたとみえる。カラスのことだ。知らなかったはずはあるまい。承知で雛鳥に襲いかかってでもきたのだろうか。それとも食糧か資材の調達にうっかり迷いこんのだろうか。
 カラスは単機。セキレイの戦闘員たちがスクランブル発進して追尾したとの状況らしい。カラスは急旋回して、執拗にもとの樹に近づこうとするが、セキレイたちの追尾と迎撃がそれを許さない。
 旋回、舞戻りすること三度。そのたびにセキレイ遊撃隊による迎撃に遭い、断念したものかカラスは、東方向へと去っていった。たしか立教大学キャンパス内の巨木群へと、帰るのである。

 単機とはいえ、翼を広げれば一メートル近くにもなろうかというカラスを、いくらか尾が長いとはいえ、ヒヨドリムクドリとさほど図体変らぬセキレイの編隊が追い回す光景は、初めて眼にするものだった。
 「へぇ、セキレイって、強えんだなぁ。それとも卵か雛鳥でもあって、必死度が通常とは違うのかなぁ」
 どなかたと話し、情報・感想を共有したかった。が、興味を示していたゞけそうなかたは、一人もなかった。

 今日は佳いものを観た。いさゝか興奮気味だったか、まっすぐに散髪屋さんへ向う気も失せ、近所を少し歩いた。

 失礼ながら広くもないスペースに、多種類の植物を擁しておられることでは、ご近所でも屈指のお宅の前を通る。お住いの、道路に面した側は、何年も前からツタの蔓が伸長してきている。年を追うごとに、葉が大きく丈夫そうになり、緑色が濃くなってきているようだ。
 道路側は西にあたる。グリーンクーラーとでも云おうか、ご家庭を西陽から完全に防御していることだろう。省エネだ。その代り一階も二階も窓は、採光や換気といった、窓としての機能を完全に放棄なさった。
 お住いのかたとお付合いはなく、ご挨拶申しあげたことすらないが、よろしい感じのお宅である。