一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

雨明け祭


 当地の祭礼は雨祭であります。毎年九月の第二週末と決っておりまして、二百十日とか二百二十日と称ばれる時期です。どなたの心掛けがよろしかったものか、今年は一日ずれました。台風は昨夜、太平洋上を通過していってくれました。

 まず鳶の野尻組へ、一本届けます。ちょうど頭もおられました。日ごろお若い衆には、好くしてもらっておりますと礼と口上申しあげました。
 児童公園に急造のヨシズ小屋には、すでに神輿が安置されておりました。今日の午後には、最初のお出ましとなりましょう。明日の午後は、近在の町内の神輿がこの場に集合して、行列しながら宮入りとなります。祭のクライマックスです。
 さてさて今日明日の二日間、お囃子だけならまだしも、いえ、神輿ていどならまだしも、巨大な太鼓を搭載した山車が通ります。いえ、通るときならまだしもです。青年の経験者が叩きますから。問題は公園前での待ち時間です。将来の経験者たる少年たちが、面白がって無闇に叩くのなんのって。
 近隣住民の家では窓ガラスが、ビビッ、ビビッと音をたてていることなど、彼らには想像もつかぬことでしょう。家にあるときはヘッドホンが手放せません。


 神社境内はもとより、駅前周辺から商店街まで、立錐の余地なく露店が並びます。地元の飲食店さんがたも、店前にテーブルを持出して急増の露天商に早変り。道行く人への声掛けに余念がありません。
 当然ながら神社では、恒例の神事が予定どおり、おごそかに執りおこなわれます。本日午後から明日へかけましては、たいへんな人出が予想されます。心静かにご参詣を希望されますかたは、どうか早起きなさいまして、朝がたに、遅くとも午前中にはお詣りをお済ませくださいますよう、心よりお奨め申しあげます。

 かく申す私も、ふだんでしたら白河夜船の時間に出掛けてまいりました。多くの露天商では、まだ炭火を熾したり、追加食材を運びこんだり、テント裏の空地にイートインスペースを設けるべくテーブルやパイプ椅子を並べたりしておられます。
 それでいて気の早いお客さまに対応すべく、第一陣商品を売出してもおられます。紙コップに盛られた唐揚げを爪楊枝で突き合うカップルや、私道めいた脇路地へ身を避けるようにして透明パックから焼そばを召しあがるお嬢さんを視ました。チョコバナナが割箸から落ちそうだと大騒ぎする幼児も視かけました。
 昔ながらのお面を並べる店もありますが、ガンプラの店もあります。焼鳥や串刺し牛肉の店もありますが、ケバブの店もあります。ご時世でしょうか。


 ただ今私は、駅前に立っております。駅階段が見えません。ふだんですと、ここからずらりと見えるはずの、なか卯ロッテリア松屋ミスタードーナツなど各店の入口はおろか、看板すら視ることができません。さきほど覗いてみましたら、各店とも平常どおり営業しておられます。露店の隙間からテント裏へと廻りこむ恰好になりますのに、いずれもたいへんご繁盛しておられまして、行列状態でした。駅前名物にして名店であります、立食い蕎麦「南天」さんはもちろん大繁盛です。
 今日の午後、および明日になりますと、このあたりは身動きとれぬほどの混雑となり、事実上の歩行速度制限区域のようになることでしょう。お出掛けのかたは、十分にご注意ください。


 私は今、七十五年前に起きました、とある事件の現場からお送りしております。帝国銀行椎名町支店の前には、「いかやき」と「金魚すくい」の露店が出ております。いずれもまだ口開けで、なかば準備中です。にもかかわらず、お客さまはポツポツお見えです。お店のかたも、往来されるお客さまがたも、だれ一人として、事件についてはまったくご存じないものと思われます。平和でございます。