一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

五月でした



 タカセコーヒーサロンの二階席への階段を昇りきった左手には、膝か太腿の高さの台が設けられてあって、季節ごとのミニチュアが飾られてある。
 もし三階席でもあれば、階段の踊場ともなったろうが、今の設計では、ややもすると無駄な片隅となりかねぬ場所だ。そこへ黒漆の丸盆に載った、三センチからせいぜい五センチていどの、羽子板・追羽根や、内裏雛や、紙兜を着けた男児人形が置かれる。来店客の八割からは気付かれぬことを旨としたかのような、あまりに空気に溶けこんだ控えめな飾り物だ。お見事と申すに尽きる。
 梅雨前の今は、蹲踞(つくばい)と御簾前の亀である。


 拙宅前から徒歩十五秒。信号のある十字路の角には、なん十年間もファミリーマートがあった。コンビニ文化が国中にあまねく浸透するより以前からの古参店で、真偽は知らず街の噂では、全国のファミマ・チェーンで最高の売上げを誇る店と称ばれた。この町に、まだ他のコンビニが開店するより以前の、独走時代ことである。

 そのファミリーマートが閉店して、一年になる。跡空間はどうなるのだろうかと、当然ながら近所の噂にもなった。
 盛り場や湾岸ニュータウンなどのコンビニでは、決済システムや食事スペースや、加熱・冷凍設備など、サービス機能がさらに多彩に充実してきているという。ファミマもレベルアップのためのリニューアルに着手したのではないか。
 いや、この町にコンビニは目覚ましく増えた。今やここから徒歩五分の駅までの道筋に、いったいなん店舗のコンビニがあることか。時代は変ったのだ。現在の立地条件に見合った、別の商売が考えられているのだろう。
 いやいや、食事スペースが必要な今のコンビニとしてはいかにも手狭だ。少し趣を変えてマイバスケットなら、ちょうどよい坪数ではないだろうか。
 いやいやいや、五階建てマンションの一階部分が店舗なのだが、東京都の道路拡幅構想にわずかながら引っかかっているのかもしれない。やがて大工事が始まるのではないだろうか。

 むろん私なんぞに、確たる情報が伝わってくるはずもなかった。ただ、全国屈指の繁盛店だった昔の記憶があるものだから、ここからファミリーマートがいなくなる図をなんとなく想像しがたくて、漠然とファミマ・リニューアル説に一票、という気分でいた。


 正解は「ローソンストア100」でした~!
 貼紙の仕上りを確かめておられるのだろうか。今朝から制服ジャンパー姿のかたたちが、ウィンドウを眺めながら立噺していた。正午近くになって、いかにもビジネスマンといった白ワイシャツにネクタイ姿のかたがたが、店に入っていった。

 ローソン本体を中央に置いて、片方には高級住宅街向けに付加価値を追究した「ナチュラルローソン」があり、対極には格安・お手軽・お一人さま用を眼目とする「ローソン100」が位置づけられてあるらしい。
 さしづめ私ごときは、ターゲットのド真中というわけである。が、残念ながらローソンさま、私は貴店さま企画書よりもさらに下層生活者でして、野菜も魚も加工食品も、それぞれ店を選んで最安値商品を調達しては、原則自炊の暮しを続けておりますので、ご意向に添えますかどうか……。

 ともあれ、町の顔にひと匙のなにかが加味されるだろう。住民はすぐに馴れっこになるだろう。アレ、いつ頃のことだったっけ、となるのにも時間はかかるまい。
 はいっ、五月末のことでございました。