一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

片寄る



 平均すると、週に二度ほど食糧と雑貨の買物に出ている勘定になるだろうか。
 緊急でないものや代替のきくものであれば、在庫切れとなっても我慢する。ものぐさが理由だ。どうしても補充したいものが三つ溜ると、買物に出ようかという気になる。我慢していたものをついでにあれこれ買い足す。

 まず銀行 ATM へ。生活費を引出した。川口青果店の店先にて、しばし立ち停まる。あまりに変り映えがないのはいかがなものか。たまにはなにか、とは思ったけれども、あまり長く深刻顔してたたずんでいると、おかみさんからなにか云われそうだ。結局はじゃが芋と人参とかぼちゃ。定番だ。
 セブンイレブンで煙草を買う。顔馴染みの外国人のお嬢さんだ。お国はどちら? とお訊ねしたことはない。私の姿を視ると、注文しなくてもいつもの銘柄を出してくださる。この店では、他に買物をしたことがない。公共料金の支払いとコピーやファックス機は使うけれども、入店者が途絶えた夜中と決めてあるから、お嬢さんの出勤時間ではない。
 マツモトキヨシへ。店内を一巡したが、商品をうまく見つけられない。恥を忍んで、帳場の行列が途切れるのを待って、店員さんに訊ねる。布製のバンドエイドはありましょうか? カウンターを出た店員さんが、わざわざ棚まで案内してくださった。これが恐縮だから、自分で探し当てようと思ったのに。やっぱりさっき通った通路だ。私の視落しである。さて商品選び。シマッタ、空き箱を持ってくればよかった。ビニール製は水仕事をすると、剥がれてきちゃってねえと、間を埋めるだけの、言い訳にもならぬ窮状訴え。これが不織布ですけど。はあ、家にある空き箱とは違うようだがなあ。けれども、じゃあそれをいただきます。ポイントクーポン付きのレシートを受取ったが、点数を貯めた経験はない。

 ビッグエーへ移動。源ちゃんメモに記載の品物はすべて買えた。平和な国だなァ。支払い機での清算を済ませて作業台にて、川口青果店の商品をいったん取出して、買物袋への詰め直しだ。重いものを底に。壊れやすいものを上にだ。
 今日の買物はじつに商品数が多いけれども、乾燥ひじきだの竹輪だの大豆水煮だの、軽いものばかりだ。いささか重量あるといえば、缶珈琲や徳用ウインナやレトルトカレーくらいのもんだ。牛乳のリットルパックや濃縮カルピスや魚缶まとめ買いや、醤油や料理酒やサラダ油がある日には、こうはゆかない。玉子十個パックがある日も、詰換え順序に気を使う。そこへゆくと今日は気が楽だ。
 なんのことはない、いったんは袋の底から取出した野菜類が、また底になった。


 安全といえば安全かもしれぬが、一年をとおして変り映えもせぬ食事を摂って飽きない男だ。料理らしい料理だの、主菜造りだのということを、めったにしたことがない。摂取食材の種類数だのバランスだのばかり考えている。しかし、ふと思うことがある。のべつバランスばかり考えているというのは、これはこれで片寄りではないのか。

 もともと私は、バランスのとれた性格ではないと、自分では思っている。むろんじつのところは解らない。宣伝コピーであれ若者の主張であれ、世間で「自分らしく」なんぞと恥かしげもなく口にしているのをよく吟味してみると、たいていは野望か自惚れかでしかない。自分なんてもんは、自分に解るはずがない。私の解析なんぞは、他人に任せておくほかはないのだ。
 ビッグエーで缶珈琲を買うさいには、サントリーの BOSS シリーズを買っているが、缶に大書された商品名のちょうど裏側に、麻雀の三元牌「白・發・中」のいずれかが印刷されてある。段積みになってズラリと並ぶ缶から、私は「中」だけを選んでいる。
 川口青果店のおかみさんから、明日駅前のガード下で商店街主催による福引き会があるからと、抽選券をいただいた。この抽選券一枚で、三角くじ一枚が引けるそうだ。ささやかな商品が用意された、町内規模のささやかな催しだろうが、出かけてみてもよいかと思っている。マツモトキヨシやサミットストアやビッグエーのクーポンやポイントカードには、いくら得でもまったく興味がないけれども。

 重量はさほどでもないのに、口もとまで一杯に膨らんだ買物袋を提げて十字路に差しかかった。セダンが一台接近してくる。立ち停まった。四十二歳のとき脳梗塞の療養から退院して以来、信号機のない十字路では車輛優先で暮してきた。駅のホームでは発車ベル(今は電子チャイムか)の鳴っている電車に飛び乗ることは決してせず、たとえ約束に遅刻しても一台待つのを鉄則として生きてきた。
 今日のセダンは、一時停車してくださったまま、動きだす気配がない。どうでも私が横切るのを待つ心づもりらしい。ニット帽を取ってお辞儀してから、先に横断させてもらった。膨らんだ買物袋を手にして肩を丸めた、前かがみの老人を先に横断させなければ、夢見が悪いとでも思わせてしまったろうか。