一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

雨の気分



 どなたに申しあげるにもあたらぬ、ちっぽけな気分について。

 雨である。傘を差そうか差すまいかと迷うほどの小降りながら、朝から降り続いてやまない。草むしりには適さない(できなくはなかろうけれども)。近所散歩にも適さない(できなくはなかろうけれども)。しかしながら少しでも歩くことが望ましい。幸いに三つ以上の用件がある。ひとつふたつの用件で外出するのは願いさげだ。

 巣鴨信用金庫にて生活費を引出す。高額かつ非日常的な買物でもないのにクレジットカードを使うのは、気が進まない。キャッシュレス生活には最後まで馴染まぬつもりだ。デジタル対アナログ問題を、開明対未開問題に無条件に置換えて恥じない精神ははしたない。人間味を維持しながら活用してこそのデジタルである。
 セブンイレブンで電気・ガス料金を払い込む。毎月のように、請求書に付けて「口座振替のご案内」が同封されてくるか、もしくは請求書の裏面に印刷されてあるが、拒否してきた。金融口座からの自動引落しでは、原価意識が薄れる。ついつい無自覚になる。電話と水道とが自動引落しになっているのは、亡母による処置だ。そのままにしてきたが、本心を申せば気に入らない。毎月の現金払込み方式に戻そうかと思ってさえいる。手足が動くうちは、みずから赴いて、手づから支払おうと考えている。
 煙草が切れそうなので、ついでに買い足した。

 川口青果店にて、人参とカボチャを買う。冷蔵庫にじゃが芋の在庫があるので、人参とともに定番の煮物を補充するつもりだ。麺類なんにでも使う玉ねぎの在庫も残り一個となったので、買い足しておく。玉ねぎ・カボチャ・人参、これだけで買物袋の底で基本重量がズシリと定まる。
 ビッグエーにて、料理酒一リットルボトル、格安缶珈琲、茹で小豆、牛乳一リットルパック(ウワッ、今日は重量あるものばかりだ)を買う。いずれもわが定番飲食糧の補充だが、本日の眼目はそこではない。野菜の煮物になにを合せるかだ。第一候補は雁もどきだが、それだったらサミットストアへ行くべきだ。油揚げと厚揚げとが第二第三候補で、あまり使わないツミレやさつま揚げが、ダークホースとなる。いずれもビッグエーに適当なものがある。売場に立ち尽して、しばし考え込んでしまった。
 本降りになる気配も、さりとて晴れあがる気配も見せぬドンヨリ陽気だ。ほんのかすかにでも気分を晴らす食材はないもんだろうか。

 「塩釜直送野菜揚げ」という商品を、初めて買ってみた。刻み野菜を練り込んださつま揚げである。袋に四枚入って、日ごろ私が買う小粒さつま揚げの袋より百五十円も高い。つねなら躊躇するところを、すんなりと手が伸びた。よほど気分を晴らしたかったものと見える。
 丈十五センチほどの人参一本、小ぶりのじゃが芋五個、それに塩釜揚げ四枚。あとは出汁に生姜に、料理酒と砂糖と醤油。いつもの手順でいつもの按配だ。
 下茹で時間や冷まし時間を活用して、カボチャをカット。これもいつもの手順で炊いてしまう。パンプキントンと勝手に称んでいるが、甘さたっぷりに仕上げて、惣菜と云うよりはデザート兼間食用だ。
 合間に明日用飲料のアイスティー八百ミリリットルも作る。沸したり鍋ごと水で冷ましたり、大型サラダボウルやら洗い桶やらで流し台は大混雑だ。

 積みあがった洗いものに手を着け、包丁を洗うころには、すっかり「ラジオ深夜便」の時間帯となった。窓を開けると、隣接する駐車場からは、今夜もトラックが空エンジンを吹かす音が聞えてくる。空模様はまだ愚図ついている。だがほんの少しだけ、ザマア見ヤガレという気分になっている。