
意地の台所、ということがある。
先日来、白菜鍋を頻繁に食ってきた。それぞれ味の異なる「鍋つゆ」の、600ミリの大袋四つものいただきものがあって、各袋二回づつに分けて使った。すっかり習慣づいて、即席袋ラーメンに同封の粉末スープで三回仕立てた。〆の麺がセットになるから、無駄なしだった。自前の万能出汁の素でもやってみた。そこでふと閃いた。白ソースではいかがだろうかと。
野菜を刻み了えて、すっかり具材を整え、さてと調味料類の収納缶を開けて、愕然とした。ビーフハヤシの箱の下に眠っていたのはカレーの箱だった。たしか白ソースの半端残りがあったはずと思い込んだのは、まったくの記憶違いだった。
しかたなくカレールウで仕立てた。となればもはや鍋ではなく、カレーではないか。だったら白菜や玉ねぎや、竹輪やウインナの刻みかただって、人参の下熱の通しかただって、違ってたはずではないか。釈然とせぬまま、とにかくその日はカレー鍋を食ったのだった。
因縁の遺恨試合である。白ソースルウ「クリームシチューの素」を買ってきた。かつてマイブームとしながらも、飽きが来て忘れたままにしてきたから、じつに久しぶりの買物だ。
カレーの場合と同じく、シチューと鍋とはどう違うという問題がある。具材の刻みかたが異なる、当然ながら。加えて、じゃが芋が入らない。私の先入観にあっては、じゃが芋の入らぬシチューはありえない。じゃが芋も肉類も入らぬとなれば、下炒めする必要もない。
白菜、玉ねぎ、人参(電子レンジ)、竹輪、ウインナ。具材はそれだけだ。
いったん煮込んでから、ルウを割り入れる。玉杓文字のなかで、ルウを菜箸でよく溶く。マーガリンを放り込む。牛乳を差す。煮込んだ白菜は白く部厚い葉脈部分だけだから、切り分けてあった緑葉部分をここで、鍋全体を覆うように投じて、ふたたび蓋をする。ほうろう製の鍋は熱保ちが好いから、さほど煮込む必要はない。できた。
酒を呑む気は起きない。蜂蜜湯とする。

〆には、冷凍小分けおにぎり一個を解凍して、雑炊とした。
鍋底の残り汁に塩をひと摘み放り込んでから、解凍おにぎりを投入。ほぐしてほんの少々煮込んでから、溶き玉子をかけ回して蓋をし、火を止める。すぐには蓋をとらない。火保ちのよい鍋のうちでは、細かい泡が立っている。まだとろ火で煮えているのだろう。泡はほどなく静まるが、まだ蓋をとらない。蒸すのだ。汁が米粒に吸われて、食べやすくなり、味も廻る。
この雑炊はかなり美味くできた。初めての試みだったが、定番メニューに昇格させて
も好い。因縁試合は昇格試験となった。