一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

老いの試み



 朝だ。トイレの窓から身を乗出して、東の空を観る。低空の薄雲が、眼を疑う速度で、南から北へと動いてゆく。切れ間から高空も覗ける。天気は回復するらしい。が、午後からはまた怪しくなるという。目まぐるしい空模様だ。

 夕方から、打合せで人と会う予定がある。準備がまだ万端とは申しがたい。気分の準備ということだってある。ご近所のベーカリーへ飛んでいって、朝食は買い食いで済ませることとする。
 去る8月8日の日記「聴いてみたいもんだ」で、旧い仲間たちとの飲み会を報告した。なんのことはない、老人たちの生存確認会だ。こんなふうに書いた。
 ――化けて出るほど永い歳月を付きあってきて、互いになんでも知合っているかといえば、そんなことはない。現役職業人だった時分には、口にできぬ情報も多かった。立入った事情や家庭問題は、訊かぬが礼儀という面もあった。人生上の分岐点や曲り角や危機については、訊かぬが武士の情という側面もあった。むしろほんのいっときそれらを忘れたくて、かつての悪友たちと盃を交している場合すらあったかもしれない。
 だが今なら口にできる、訊ねてもみたいということがあるかもしれない。けれども相互にまったく異なる分野を歩んできた者たちで、視てきた世界が異なり過ぎる。お世辞にも世間を広く生きたとは申せぬ私なんぞが、聴いたところで理解できまい。また的確な質問などでようはずもない。――というようなことを書いた。
 飲み会出席メンバーの一人が、これに反応を寄せてくれた。曰く、似たことは俺も、かねがね感じていた。どうだ、順繰りにゲストを指名して、半生の隘路やひそかに自慢とするところや、他分野の人間には耳新しい噺なんそを、根ほり葉ほり聴かせてもらう企画を設けようではないか。ついては、お前もインタビュアーとして、一枚噛め。
 いやはや、筆は災いのもとである。

 となれば、音声収録だの撮影だの、文字起しだの編集だのについては、現場を離れたとはいえ、専門家や腕に覚えのある者がいる。私ごときに出番があるとすれば、せいぜい台本書きである。
 が、知らぬ世界のことをインタビューするわけだから、台本というよりは、骨子だの要点だの噺の方向性だのといった、台本以前のメモであり、打合せの資料となるべき叩き台に過ぎない。それでも、かつてなら一日でまとまったはずの要項書きが、耄碌いちじるしい今現在の私には、ああも考えこうも訂正しの、我ながらもどかしい作業だ。


 気象予報どおり、午後になって急に雲行きが怪しくなり、やがて降り始めた。居場所を変えて、気分を替えよう。荷物をまとめて、ゼッテリアへ移動した。

 三人での打合せ場所は「祭や」だ。一人は遠路、もう一人は隣町から自転車で、わが町までお運びくださる。私を気遣ってのご参集ではない。「祭や」を二人に視察願うのが、今日の打合せの目的のひとつである。
 せっかくのインタビューだ。記録を残したい。ご参集できなかった知友にお届けしたい。それには音声を収録して配信するかディスク化するか、文字起しして印刷物にするかだ。いずれにせよ、録音せねばならない。しかも珍しい資料や懐かしい写真を示せれば、ご参集者の眼に愉しいし、理解も深まる。会場は区民会館等の会議室を借りるとしても、機材や大画面をいかに調達したらいいか。
 首謀者がさようなことを思案する口振りを耳にして、「全部揃ってる箱を、俺、知ってるけど」と、私はつい口走ってしまった。で、今宵は「祭や」集合の運びとなったのだった。


 打合せは済んだ。ご来駕の二名に「祭や」の機能も、ご店主やスタッフの顔ぶれも紹介できた。企画の実現はまだ未知数だ。なにせ初めての試みである。予測しづらい細目も少なくはない。

 打合せが眼目の酒だったから、たいして胃を満たしてはいなかった。ビッグエーに寄って、格安海苔弁当を買って帰宅する。白飯部分と惣菜部分とを分けて処理して、自前の常備惣菜を補充すれば、案外整った一食になると、先日味を占めたばかりだ。もう一回、試みてみようという気になった。
 老いの試み、またひとつ。