一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

隙間葉桜



 たとえば、こんな写真を挙げたとする。わが前期ゴミ屋敷のデスク脇である。なにが面白くてシャッターを切ったものやら、どなたにもご理解はいただけまい。

 この家に引越してきた昭和三十三年、明るいクリーム色だった壁紙がいかに煤けて、惨めな色となり果てたかを撮ったか。二本目に買った孫の手は、一本目より柄が太く丈夫で、背中を掻くより引き開けたカーテンを吊っておくに適しているさまを撮ったか。はたまたわがパソコンがブルボンのクッキーの空缶に載っているいるさまを撮ったか。
 昨年の夏、突然のパソコン不具合に見舞われてうろたえた。パソコン顧問のながしろさんに緊急電話したところ、熱が原因でしょうとのご診断だった。籠った熱を逃すための、小さな扇風機が内蔵されたような機械が、ビックカメラへ行けば容易に手に入るけれども、ご自身は空箱に載せたりして胡麻化しているとのご指導だった。
 空箱空缶の類なら、わが家には豊富だ。サイズ材質とも選り取り見取りである。で、ブルボンが抜擢されて高床式パソコンとなり、猛暑を過ぎてもそのままとされて現在に至る。

 が、今日はその経緯やもようを撮ったのでもない。窓というか、床から立つ掃きだしガラス戸を、細めに開け放しておいても苦にならなくなったさまを撮ったつもりだ。
 疫病騒ぎの渦中、ワクチン接種もサボった独居老人は、底辺庶民の自衛策たる手洗い・うがい・手指消毒・換気の推奨には、馬鹿正直と申せるほど忠実に従った。散歩・ウォーキング・公園での体操なども中止し、食糧買出し以外はろくに外出もしなかった。美術館や劇場や会場でのバスケ試合観戦も、いっさいとり止めて過した。体力は眼に見えて衰えたが、かかりつけホームドクターにも歯科医院にもご無沙汰した。人さまには「引籠り老人」と胸を張って自称した。
 しかしエアコン不使用の拙宅においては、冬のあいだはガラス戸を開け放して換気するのが苦痛だった。いきおい部屋の空気は、のべつ淀んだままだった。めったにないことだが、もしわが居間を訪れるかたでもあろうものなら、老人臭く、ほこり臭く、煙草臭い空気に辟易なさることだろう。ご時世で、とくに煙草が重罪かもしれない。
 私的歳時記にあって「窓細め」は、春の季語である。

 小林秀雄に、煙草を断った経緯を書いた随筆がある。進んだ医療技術なんぞよりも、体質や日ごろの数値を知ってくれているかかりつけ医のほうが信頼できる。人間の個別性とか多様性とか、判断力とか常識とはさようなものだ、との前段があって、さて健康診断を了えてのホームドクターのご忠告。すべて問題なし。ただし君の場合、煙草をやめればさらに好いのだが。「よしっ、今からやめよう」と即決。ここが小林秀雄だ。
 「二度と喫みません。先生にお預けして、ここへ置いて帰ります」
 煙草とライターを置いて去ろうとする小林を、ドクターは引止めた。
 「それじゃあ駄目だ。煙草が身近にあって、始終眼にしながらも喫まないようにならなければね」
 ごもっともと感服した小林は、煙草とライターをポケットに戻したとさ。
 これには後日談があって、小林は宣言どおり見事断煙したのだったが、しばらくのあいだ仕事が捗らなくて困ったという。原稿ひと区切り、ひと段落、そこで一服。今書いたところを読み返し考え直す。長年の経験によって培われた、この執筆リズムが狂って、進まなくなってしまったそうだ。経験とは、体得とはさようなものだという、これまた小林秀雄らしい所見がそこにも付くのだけれども。

 拙宅老桜はほぼ葉桜状態となった。各方向の枝先と梢周辺に花を残すのみである。これをしも残花とすべきか余花とすべきか。歳時記上は「残花」であれば晩春の季語。「余花」であれば初夏の季語だ。八重桜など遅咲きの桜は、おおむね余花である。
 しかし今私が老桜樹に贈りたい言葉は、そんな悠長なものではなく、風流とも無縁の言葉だ。さて来年は……お互いどうだろうかね、というようなことだ。