「オレンジの悪魔」がまたやってくれた。京都橘高校吹奏楽部だ。国慶節に招かれてのマーチングが注目を浴び、台湾のテレビ番組でもネット上でも、さかんに称賛されている。
十月十日は双十節。孫文が清王朝打倒の狼煙を挙げ、いわば辛亥革命の口火が切られた日だ。国慶節とも建国記念日とも称ばれ、台湾にとっては大切な祝日である。賑にぎしくパレードが催され、国民は休日となる。そのパレードに「オレンジの悪魔」が参加した。
彼女ら(男子も少数混じる、彼らの名誉のために註)の演奏と行進と集団行動が、必ずや外国人聴衆の喝采を浴びるだろうことは、アメリカのローズパレードに参加した二度の実績で証明済みだ。
果せるかな、いくつもの台湾メディアに「悪魔」の文字が踊っている。
テレビ番組の抜粋やマニア撮影の動画がユーチューブを賑わしていて、満面の笑みで拍手したり手を振ったりを繰返す蔡英文総統の姿を挟みながら、驚愕と称賛のナレーションで紹介されている。
これなら完全にアマチュアによる民間外交だ。中華人民共和国が口出しする筋合いではない。
ネット上には、「そうとう練習したんだろうなあ」なんぞと台湾ユーザーの暢気なコメントが見える。
―― いえいえそれどころか、入学して入部したその日から毎日、彼女らはマーチングのことを考えてきたのですよ。試験期間中だって正月だって、歩幅62.5センチで歩くことを心掛け、自分の楽器の息遣いを意識して生活してきたのですよ。
―― 入部するまで演奏経験皆無だった部員もあります。でも中には、中学生だったある時、橘へ進学して吹奏楽部に入部したいと希望したそのときから、髪を伸ばし始めたお嬢さんもあるのです。橘のトレードマークともいえる、お揃いのポニーテールにしたいからです。
「悪魔というニックネームはねえだろう。彼女らは妖精じゃねえか」とのコメントもわんさか寄せられている。
―― みずから悪魔と名乗ったわけじゃありません。コンクールなどで、アイツらが出てきたんじゃしょうがねえや、また持っていかれちまう。そう嘆いた全国の吹奏楽部関係者が、さように呼んだに過ぎません。
本番前日は、あいにくの雨天だった。全員揃いの雨合羽姿でリハーサルに臨んだ。進行やカメラ位置をチェックしたい、イベント演出者やメディア関係者からの要望もあったのだろう。
今はガランとしているスタンドが、明日は人で一杯になる。あの貴賓席に総統や偉いさんたちが腰掛ける。日本からも議員団が来ているとのことだから、あのあたりに腰掛けるのだろうか。
楽器を濡らすわけにはゆかない。ドラムメジャー(指揮者、部のキャプテン)の指揮にそって、彼女らは楽器を構える姿勢をとって行進し、自分のパートを歌った。♬ タララ~、リララ~。打楽器担当は、それぞれ自分が拍つところを拍手しながら行進した。
このリハの動画は、堂々たる本番の映像以上に、感動的である。
台北の大路を悪魔たちが往く。本番は滞りなく進行した。台湾の皆さんに対して、佳い贈物ができた。彼女らと関係者ご一同の輝かしき功績である。
願わくは五十年後、あの時のことがあったればこそ以後の人生があり、今の私があると、全員に回想して欲しい。しかしこのうちのいく人かは、あん時すべての運を使い果しちまったのかもネ、と呟くことも避けられまい。人の世とは、おうおうにしてさようなものと、当方は承知している齢だ。やはり悪魔の所業であるか。