一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

吉祥寺散歩


 吉祥寺散歩といっても、お洒落な服屋や小間物屋やカフェには、眼もくれない。いや眼は惹かれるのだが、せいぜい心に刻むだけ。すべてこの次の機会として、今日は素通りされる。

 学生サークル「古本屋研究会」から散策活動のご連絡をいたゞいたので、勇気を出して参加させてもらった。疫病騒ぎ発生以来、出歩いていない。お若い諸君の足手まといにならずに歩けるだろうか。またワクチン接種なども怠っている身で、人混みを歩いても許されるのだろうか。ほかならぬ、あの吉祥寺をである。
 さて吉祥寺までいずれのルートで参ろうか。距離的に回り道でも鉄道ルートが正確で早いのは承知。だが池袋や新宿で乗換える気が起きない。私鉄で保谷まで下り、バスで吉祥寺を目指すことにした。これが大失敗。路線複雑にして待ち時間すこぶる長し。おまけに途上の青梅街道では、なん年ぶりかで渋滞に巻込まれすらした。渋滞という言葉が念頭から去って久しく、勘も働かず予測もできなかった。社会人でなくなった身を、改めて痛感する。

 若者たちの待合せ時刻に遅れた。ま、固い約束をしたわけではないからお許しを乞うとして、どこかへ先回りして待ち受けよう。となれば、よみた屋さんしかなかろう。いかなるルートで吉祥寺古書店群を散策するとしても、まずはこゝからとキャプテンは目星をつけるに相違ないからだ。今も変りがなければだが。
 古本漁りの地として吉祥寺は、逸することのできぬ街のひとつで、かつてどれほど歩いたか知れない。そのころお世話になった書店さまがたは、今もご健在であろうか。私にとっては、古寺巡礼みたいなものだ。
 今も堂々たるよみた屋さんであった。学生諸君に、どうですこれが古書店さんですと、胸張ってお奨めできるお店だった。(私が胸張ってドウスル?)

 さっさと自分用の買物を済ませる。時間をつぶすうちに、案の定、若者軍団がやって来た。駅前の老舗一軒を先に済ませてから来たという。
 ―― 一流店では往来に向けて捨て値で出ている、いわゆる晒しの棚に注意されたし。店内には専門家やマニア向けの商品が山積みされています。その店にとってはクズ・ゴミといった本が晒しの棚に並びます。そこにこそ我ら一般読者にとってのお宝が紛れ込んでいるもんです。
 よせばいゝのに、能書き一発目。

 駅北口のアーケード街一等地に外口書店さん。両隣もあたり一帯も、飲食や衣料やアクセサリーほか、洒落た店構えが眼を惹く目抜通りにご健在。小と見えるが有力店で、昔は詩人の金子光晴の書額だったか扁額だったかが、往来に睨みを利かせていた。
 売りで儲ける商いと買いで儲ける商いとがあると聴くが、いずれにせよ利の薄いご商売には違いなく、この一等地でのご苦労ひととおりではあるまいに。
 買物途中の通行人がふと立寄れるような、気の置けぬ品揃えが目立つようでいて、奥のお帳場付近や手の届かぬ高い棚には、舐めんじゃねえぞとばかりに、初心者の眼には止まらぬ本も並んでいる。

 展けた街道筋へ出て、藤井書店さん。泣く子も黙る老舗店だ。昔はお二階でも展示しておられたが、今は品揃えを絞って、現代の古書店らしい顔つきをしてらっしゃる。品揃えに格別の工夫があって、思いも寄らぬ買物をしてしまいがちなお店だ。
 案の定、若者たちもなにがしかの袋を手にして、店から出てくる。

 繁華街へと回遊して、百貨店周辺の超お洒落区画。洋服屋の二階に、百年さん。ご開店のころ、いかにも現代風な新興勢力が現れたと眼を瞠ったものだが、今では「新興」などとはもってのほか、吉祥寺屈指の人気店だ。美意識高いお客さまに熱く支持されている。当然ながら若者たちも、売り場面積の割には滞在時間が長くなってしまうお店だ。
 以上は私でも知っている、老舗店・名店がご健在でいらっしゃった噺。

 今回の目玉は私が知らなかったお店の初体験。現今の情報収集システムを活用して、若者たちが案内してくれた。牛に牽かれて善光寺。お上りさんさながらである。
 まずは古本のんきさん。駅から適度に離れて、冒険のできる商業区域。尖った(主張の強い)蕎麦屋やカフェが見え、途上にはアフリカ系アメリカン音楽の店と看板を掲げた酒場があり、スタジオ兼ライブハウスもあった。
 隣接はなんと、鉄細工のお店だ。金属アクセサリーや工芸の創作品と古物。思わず唸ってしまった。

 メインテントさんは「えほんかいとります」の木製看板を掲げる、絵本専門の古書店。女性客ターゲットに絞りこんだ店先には、アクセサリー小間物、ポストカード、水晶や宝石の写真類などが並ぶ。当然ながら我が女子群たちの口からは、「可愛い~」が連発される。
 お隣は店先に赤い自転車が展示されているのがトレードマークの○○店さん。私にはなんとお読みするのか見当もつかぬ屋号で、どうやら洋菓子店らしいが、そのお菓子もいかなるものか私には見当がつかない。

 一日さんは、百年さんの姉妹店とのこと、ガード添いの三角地を利用した不思議な建物の一画。どうやら百年さんが倉庫借りしていた空間を、ガレージセール店として活用した場所と視た。
 本好きの若者は、ロケーションなんぞ気にしない。本が積んであれば、まず眺め入る。

 人混み続く繁華街をいく度も曲って、すっかり方向が知れなくなったところに、個人アパートのごとき三階建て家屋があり、石段を登ると古書防破堤さん。
 こゝへ辿り着くまでに、棚一本で出店する店が七十軒も集っているという、ブックマンションさんの場所も案内してもらったが、あいにく休店日だった。なるほど、かような書店形式もありうるのか。観てみたかった。少々心残りがあった。

 陽もとっぷり暮れた。私としては腹一杯である。若者たちはこの後、パルコにて開催中の古書展へ回るという。百貨店を会場とする、有力店さんがた相乗りの古書展であれば、それぞれ特色を凝らしてあるにせよ、私にだって想像つかぬ風景ではない。離脱した。
 こゝ吉祥寺にも、高円寺にも中野にも、古本漁りの帰りに立寄った居酒屋はある。品物を改めたり、荷姿を整理したりしたものだ。が、今では、一目散に帰途に就く。地元にだって居酒屋くらいはある。