一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

つつがなき日



 本日も小雨模様である。天皇誕生日である。昨夜から今朝にかけては、季戻りの冷えこみだった。起床したくなかった。

 起床後ただちに全裸で体重測定。これが辛い。大急ぎで半分着込んで検温と血圧測定し、メモに取ったら定常装備を着込む。
 冷蔵庫から牛乳パックを取出し、マグカップにて一杯。パソコンを立ちあげる。はてなブロブのわがページを開くと、なにやら意味ありげな数字が並んでいる。好きな数字ばかりだ。きっと今日は佳き日にちがいない。

 台所へ移動して、炊事にかかる。昨日は麺類と間食とでお茶を濁してしまったから、今日は月並チャント飯フルコースを摂らねばならない。冷凍庫の小分け飯が今日一個消費すると残り一個となった。飯を炊かねば。粥飯を炊くあいだに、米を研ぐ。水加減したら酒少量と刻み昆布を投じて、小一時間も浸しておくことになる。
 塩釜揚げの煮物がこれで仕舞いだ。同じ夜に炊いたカボチャはとっくにない。明日は買物と餌づくりだな、なんぞと考える。
 今日の気分は目玉焼きじゃなくて、スクランブルエッグだ。付け合せのウインナを二本にするか。マグカップで即席ポタージュをちびちびやりながら、いつもの手順を繰返した。

 前菜のようにして、まず6Pチーズをスプーンで掻き取るように小分けして口に入れる。次いで納豆をひと箸。
 「お待たせ、軍曹。まずは実弾だぜ」
 オウッ、と応えて、軍曹が歓ぶ。退屈して寝転んでいたようだ。
 食道から胃袋へと差しかかる処に働き者の軍曹が見張っていて、やって来る食物を検分仕分けしている。腸内細菌に役立つどころか、腸内細菌そのものをまずもって送り込んでやると、軍曹は機嫌が好い。口うるさい小腸の将校連中に顔が立つらしい。
 小腸将校へのゴマ擦りが済んでから、おもむろに腸内細菌の糧秣だとか、血管補修の資材だとか、血液サラサラ成分だとか、PH.調整成分だとかを、順次混ぜ合せながら送り込んでやる。熟練の軍曹は齢をとってはいても、手際にぬかりはない。

 完食。あたりまえだ。食うぶんしか作らないのだから。流し台を洗いものの山にしたまま、インスタント珈琲を一杯。胃から脳へと満腹伝達が届くのに十分か十五分かかるから、珈琲を飲みながら至福の時を迎えることとなる。軍曹もひと息入れている。
 ラジオからは子育てする父親の苦労噺を披露するトーク番組が流れていて、ゲストのダイアモンド☆ユカイさんが耳寄りな経験談を熱弁している。娘さんの小学校では PTA 会長も務められたとか。誠実無類の子育てロックンローラーらしい。


 いい具合に米も昆布もふやけた。炊飯器の電源を入れる。耐用年限の三杯近くも働いてくれている炊飯器だ。ピカピカの美青年として、彼がわが家にやって来た日を、私は憶えている。前任者に較べて、格段の性能だった。現在では異次元の性能をもち、無用なほどの多機能を誇る精鋭たちが世を闊歩しているそうだが、私には関係ない。
 今夜から明日へかけての飲料となるアイスティーを作る。沸いたら甘味も調整して、鍋ごと水桶に浸けるかたちで冷ます。
 洗いものはすっかり済ませたが、男たちの子育て談義が面白くて、もうしばらく台所にいようかと思いなおす。続けざまに珈琲もいかがかという気が生じて、蜂蜜を白湯で延ばしてすする。

 兵員と兵器の損耗を勘定に入れぬロシアの持久戦に、ウクライナ民衆の疲弊は極に達しているという。台湾の領海を漁業調査の名目で、中華人民共和国の船艇が平然といく度も通過しているという。
 炊飯器が湯気を噴きだし始めた。数日前の春到来陽気から一転して、冷えこみのひどい、つつがなき日だ。