一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

なさけ容赦

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丸山繁雄CDから『キックオフ』『スウィート・ロレーン』

 『ケリー・ブルー』というウィントン・ケリーの名盤がある。ある時期あまりに流行り過ぎて、ジャズというよりスタンダード・ポップスの仲間入りするんじゃないかとさえ思われた。耳の肥えたお人には食い足りなかろうが、私ごときにはちょうど好い。
 つね日ごろは、廉価な著作権切れ名演奏アンソロジー(世に云うベスト盤)ばかり聴く私が、珍しく『ケリー・ブルー』だけは所持していた。
 今は手元にない。

 丸山繁雄さんはジャズ・ヴォーカリストにして、作曲家・バンドリーダー・文筆家でもある。無類のお勉強好きで、芸術学の博士号を取得された。アフリカン・ビートが奴隷制によってアメリカに伝わって、ジャズが形成されてくる過程を跡付けた業績による。博士号をもつジャズマンも珍しかろう。
 学位取得後はお仕事の幅もいっそう広がり、お弟子さんもますます増え、全国を股にかけてご活躍中だ。

 トントン拍子にこゝまで来たわけでは、むろんない。日本舞踊家の奥さまともども、茨の道を踏み越えて来られた。
 折悪しくご亭主のライブと、夫人のお座敷が重なってしまう日もあった。芸能一家のあるあるだ。ご夫妻とも、まだ家庭事情を盾に仕事を選べるほどの立場ではなかった。当時風来坊だった私が、留守番を仰せつかったこともある。お子たちが、まだ小さかったのだ。

 やがて、ご夫妻それぞれに帰宅。
 「急いでご飯にするけど。どぉ、多岐さんも、食べていったら」
 「えゝっ、そうですかぁ(シメタッ)」
 私は丸山家の留守番と、お子たちのお相手をして、一食浮かせていたのである。

 丸山さんの書棚には、畑ちがいの『会津八一全集』全巻揃いがあった。ご郷里新潟県の繋がりらしい。書家・歌人文人としての文章だけでなく、本職である東洋美術史学者としての論文をも収録した、行届いた全集である。欲しくても、私には手の届かぬものだった。
 「どうだい丸ちゃん、この全集、俺によこさないかい?」
 「何を云い出すんです。駄目に決ってるじゃないですか」
 という一幕があったと、丸山さんは云う。私には記憶がない。

 その後ながらく、酒席などの大勢の前で、彼はそのエピソードを披露した。丸山さんのよく透る声と、卓越した話術よろしきに尾ひれや飾りが盛られて、座はそのたびに爆笑の渦と化した。全員が私を肴に、美味い酒を飲んだのである。
 「まったく、文学屋なんてもんは、なさけ容赦もないもんで……異常ですよ」
 これがオチとなった。

 年月経ったあるとき、最近『ケリー・ブルー』を愛聴していると私が云うと、
 「今さらですか? そんなもん必要ありません。駄目です……待てよ、生徒たちの勉強にはちょうど好いかもしれんなぁ。ちょっと貸してください」
 丸山さんは、持って帰ってしまった。

 またあるとき、シャーリイ・バッシイの二枚組LPが私の手元にあった。007シリーズの映画主題歌『ゴールドフィンガー』が大ヒットした直後のころだ。歌手としてのシャーリイがどれほどのものかなどは、私には測れぬものゝ、エンターテイナーとして、ショウウーマンとしての彼女を、私は面白いと思っていた。顔の半分になるほど口を開けて、開放的に歌う歌唱法も、気持好かった。
 「こんな下品なものを、聴いてはいけません。こんなもんが流行るなんて、とんでもない世の中です。なんで売れるんだか……反面教師として聴いてみましょう」
 丸山さんは、持って帰ってしまった。

 またあるとき、ミュージカル映画『バイバイ・バーディー』のサウンドトラック盤LPが私の手元にあった。アン・マーグレットという女優さんが好きで、映画を堪能した直後の熱っぽい判断で、買ってしまったものだった。
 「こんなもの、一度聴けば飽きるでしょうに。その程度のもんです。ところでバックの演奏はどうなってます? そうかぁ、ミュージカルの作曲ねぇ」
 丸山さんは、持って帰ってしまった。

 数年後、『バイバイ・バーディー』中でもっともスリリングな曲で、ダンスシーンとしても魅力的だった『A Lot of Living to Do』を、丸山さんのライブで、彼の声で聴いた。

 ただ今現在、『ケリー・ブルー』もシャーリイ・バッシイも『バイバイ・バーディー』も、私の手元にはない。『会津八一全集』も、むろんない。断じて、ない。
 まったく、音楽屋なんてもんは、なさけ容赦もないもんです。