
西の空が妖しい。胸騒ぎがする。私なんぞの胸が騒いだところで、なにも始まらない。情けないもんだ。他愛ないもんだ。
テルアビブ上空の動画が飛び交っている。エルサエムの動画もある。またテヘラン郊外という動画もある。が、圧倒的にテルアビブが多い。いかなる報道網の片寄りか、私は知らない
国内新聞社により発信された動画は、たいていが提携先からの借用動画の切抜きだ。外国の発信者による元動画に、やはり真実味がある。市民提供のスマホ撮影動画もあれば、事前に察知して待ちかまえたとしか思えぬ一等地からの、リアル音声つき高精度動画もある。
超高層都市に轟きわたる大音量サイレン(日本で云う空襲警報)が生なましい。空爆ミサイルと迎撃ミサイルとの応酬交錯。先の大戦であれば、爆撃機と高射砲との交錯ということだろうか。防衛迎撃ミサイルが命中して、火の玉が二分三分に砕け、炎の尾を引きながら次つぎ消失してゆく。定評ある防空システムの網の目をかいくぐった何発かは、大爆発音とともに地上に炎と煙を挙げる。

ほんとうにテルアビブなんだろうか。私の眼には、新宿界隈に見える。
実際の軍事情報は、我われ庶民の耳には届かない。いつもそうだ。
イランの核関連施設をイスラエルが攻撃したというが、広いイランをイスラエルはどこからどうやって攻撃したのだろうか。イランが報復攻撃したというが、両国の間にはこれまた広いイラクがあり、ヨルダンもある。飛行ルートによってはシリアがあり、別ルートならサウジアラビアがある。いずれもおとなしいとは申せぬ国ぐにの領空を、いかにして通過したのか。それら領空を避けるとすれば、いったいどこからミサイルは発射されたのか。そんなことが、極東の庶民の耳に届くはずがない。
世界有数の防空システムを誇るイスラエルの大都市だ。音速と比較できるていどのヒズボラやハマスのロケット砲であれば、百発百中撃ち落せるそうだ。が、イランのミサイルは音速の四倍とも五倍とも発表されている。さしもの防空網をもかいくぐって、いく発も大都市の地上に着弾した。これをしも、現代の都市防衛問題として、どう考えればよろしいのだろうか。考えようにも、基本データすら庶民の耳に届くはずがない。

行きつけの居酒屋「祭や」がここ数か月休業してきた。マスターのヨッシーこと吉田さんが、あまりに多忙だったからだ。かつて疫病禍の生活の資を求めて昼間の勤めに就いたところ、あまりに能力が発揮された結果、部下を持ち部署を任される身となってしまい、疫病去ったのちも足を抜けなくなってしまった。とはいえヨッシーの夢はこの店での商売にあるから、週末のみ開店といったなんとも歯痒い営業をしてみたものの、しょせんは満足のゆく形態には程遠かった。で、思い切って休業期に入った。
昔ここは、ご家族で長年にわたってご商売なさった天ぷら屋だった。ほとんど居抜きに近い状態で譲り受けたヨッシーは、内装こそ居酒屋風とはしたけれども、水回りや配線など店の基本構造の使い勝手には問題があった。よほどの大工事ででもなければ、大工仕事も自分でやってしまうヨッシーだから、手を替え品を替え、騙しだましの改装をいく度も重ねてきたのである。
この休業期に思い切って大改装に入った。昼間の勤めの多忙期も、どうやら峠を越えられそうな見通しがついた。来月(七月)には、アッと驚く新趣向での再開店を期しているという。
十年以上の定連てある私の前ですら、けっして苦労のほどを表情には出さぬ男だ。その男が、今度こそはと云っている。私ごときには想像もできぬ闘いが始まろうとしている。
こちらはテルアビブとは違う。動画がたくさんあっても実のところがかいもく掴めない遠い戦争なんぞではない。世界史には関係なくとも、眼に見える、静かではあるがたしかに手応えの感じられる闘いである。