一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ひと坪

ひと坪ビフォー。

 また寝そびれて、朝が来た。

 夜通し煙草とカルピスだけでは、躰に悪かろう。気づけば空腹でもある。いくらなんでも炭水化物はやめにして、野菜の煮物と目玉焼と6Pチーズくらい腹に入れて、なんとか寝ちまおう。
 ひと頃であれば、ちょうど好いから腹ごなしと睡眠導入に六キロコース一本、などと歩きに出たもんだったが、疫病引籠りいらい、とんと意気地がなくなった。

 ふいに思いたって、ひと坪だけ草むしりした。といっても今の時期は、ひたすらドクダミを引っこ抜くだけが、おもなる作業だ。
 およそ十五分。やり過ぎると、あとで躰にしわ寄せが来る。丹念に抜いたところで、網の目状に張り巡らされた地下部分まで退治できるはずもない。ごく粗雑に、生育が目立つものを引き抜き、難を逃れた小葉は目こぼしのまゝとしておく。
 どうせ次世代が、すぐに芽を吹いてくる。イタチごっこだ。

 ブロック塀に沿って、細い通路を裏手へ回る。そこには階上へと水を揚げる水道モーターがあって、その脇にはガスメーターがある。検針に見えてくださる女性職員さんが歩けなかったり草木にかぶれたりしては大ごとだ。
 セイタカアワダチソウヤブガラシを引っこ抜く。熊笹を刈り、こゝでも伐り倒したネズミモチの切株から生えてきたひこばえ状の小枝を、剪定鋏で伐る。
 計三十分強。調子に乗って頑張り過ぎるのは禁物だ。

 五日ほど前に、東京都道路整備保全公社の職員さんが二人して来訪された。今後連絡をとらせて欲しいからと、電話番号とメールアドレスをお訊ねだから、正直に伝えた。むやみに警戒したり毛嫌いしたところで、始まらない。
 翌日さっそくメールが来た。アドレスを確認したいから、空メールでも応答くれとおっしゃる。空メールを返信した。と、それから二日後に再メール。お打合せは五月の何々々日(候補四日)の何時から何時、さてご都合どうかとのお誘いだ。

 当方からの返信。――お上の事業方針は承知している(説明会にも毎度足を運んだ)。反対・抵抗はしない。だがそちらさまにとってはビジネス問題でも、私にとっては生命の問題である。しかも独居老人。体調と気分とを睨み合せながら、ボチボチ進行してゆく所存につき、お約束はいっさいいたしかねる。

 本日またも来信。――私の意向は承知。今後も情報伝達しながら丁寧に進行のつもり。質問あったら随時なんでも寄せられたし、だってさ。

 先般ご来訪時には、まだ親方の作業は開始されていなかったが、すでに梯子が立掛けてあり、これから桜の手入れに入るヨと、お伝えしたのに。つまり鳥が発つようにバタバタと動くつもりはないと、お伝えしたつもりだったのに。

ひと坪アフター。

 で、今日も今日とて、蟻の歩みのごとくなれども、ひと坪ずつ草むしり。このペースでは、秋になるわい。下草の顔ぶれは、おゝむね入替っているかもしれない。