一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

読み跡

たかが知れた

出掛けようとしたやさきに、猛然たる雷雨。草も木も、石までもが嬉しそうだ。だから云わぬこっちゃない。私がホースで水撒きなんぞしたところで、たかが知れている。だれも悦びゃしない。天然の水がよろしいに決ってる。 八月九日本番となる「夏季文章講座」…

ありがたい

ズズズズッ、プルプルプルプルッ、擦れ合うような音に眼が醒めた。ここ数年姿を消していたネズミどもが、久しぶりにやって来たのかと、咄嗟に不吉な想いが湧いた。眼覚しは設定時刻の三十分前だ。起床することはかまわない。 ガラス窓とカーテンとの間で、雀…

中間地点

中間地点より拙宅を望む(東→西)4:31 a.m. 汚れものが溜ってしまって、洗濯機三台と乾燥機二台とを稼働させた奮闘の模様を、やれやれという口ぶりで記録したのは、三週間ほど前のことだ。これからは心を入換えようと念じたのである。週に一度は洗一台に乾一…

文脈

「やれやれ、今日もけっこうなお日和で……」 往来でご近所さんとのご挨拶。先方もトホホという表情で「ほんとうに……」 情景を想像できなければ「やれやれ」の意味が解らない。「トホホという表情」の意味も伝わらない。 まことの意味は「今日も暑くて参ります…

一匹の

今年も、この季節が巡ってきた。拙宅のわずかな敷地内でも、雑草群のあいだを縫う飛石の上で、ミミズが絶命する。これが今年の一匹目。今月から来月にかけてあとなん匹か、命果てるはずである。 なまじ草むしりに精を出したまま、念入りな水撒きを怠っている…

過ぎちゃって

キャ~ッ、どなたか助けてェ、教えてくださ~い! 今朝起きて、ツイッターをチェックしようとしたら、バツになっちゃってる~ッ! そんな奴、おれへんやろー(大木こだま)。 世界中に浸透しているにちがいない呼称やロゴマークが、一瞬にして変更されてしま…

防火演習

消火器はけっしてむずかしいもんではありません。動作はたった三段階です。レディースにもシルバーにも、キッズにだって操作できまぁす。 真白い粉のような泡のような薬剤がシューッと、ものすごい勢いで噴出しますが、人体に有毒ではありません。それに今日…

点検

やはり歪みが来ているなァ。経年使用による想定内変形か、それに加えてこの熱暑による一時的変形だろうか。だからクソ暑い日に調べなきゃなんねえんだ。かろうじて想定内数値ではあるが、要注意だな。お~ィ、記録よろしくゥ。 私は下り電車を待っているので…

初歩の初歩の初歩

日本大学藝術学部を母体とする雑誌『江古田文学』が主催する文章講座で、この夏もお喋り役を務めることとなった。以下はご案内。 日時:2023年8月9日(水)、12:30~14:00(12:00 より受付) 場所:日本大学藝術学部 江古田校舎 西棟5階 文芸ラウンジ (西…

女の郷里

ご恩を受けた姐さんに、お眼にかけるも面目ねえが、これがしがねえ駒形の、一本刀ぁ、土俵入りでござんすぅ。 長谷川伸を象徴する傑作は『瞼の母』だろうが、私は第二の代表作『一本刀土俵入』が好きだ。 水戸街道は取手宿(茨城県)、つい眼と鼻の利根の渡…

線香臭い、きな臭い

気にかかっていた用件を果して、喫茶店でひと息。わが超些細暮しにあっては、至福の瞬間だ。これほど他愛のない至福なんぞ、あってよろしいもんだろうか。 昨日は池袋まで出掛けて、節季ご挨拶の手配完了。朝食前だったので、足早に帰宅のつもりだった。が、…

ごく粗雑に

ようやくの晴天だ。前回の草むしりからさほどの日数が経過したわけでもないのに、草ぐさのはびこりは眼を視張るばかりだ。ご来訪者を待つ時間が少々あったので、ごく粗雑に草むしりした。 サムイル・マルシャークの児童劇用戯曲『森は生きている』にこんな場…

寝そびれ散歩

この齢になってもまだ、アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、つまりアイリス系の花形の観分けができない。困ったものだ。 また寝そびれちまった。深夜に一度眠気が差したのだったが、ちょうど昔の映画を観ていたから、最後まで観てから寝ようと思い、そこがユ…

約束

いかにもそれらしい人間となるためだけに、十年もの歳月を費やすのは、愚かなことだろうか。 若い時分に、信頼する先輩から云われたものだ。良い作品を書くことが大切なのはもとよりだが、作家らしい人間になることが、同じくらい肝心だと。 私は小説家たら…

贈り物

スタインベック『赤い小馬』(西川正身 訳、新潮文庫) 長篇『怒りの葡萄』『エデンの東』を読みとおす忍耐力も体力も、もはや残ってはいまい。スタインベックを思い出したければ、連作短篇集『赤い小馬』Red Pony に限る。長篇に勝るとも劣らぬ傑作だ。カリ…

開拓者

ジョン・フォード監督『太陽は光り輝く』より、無断で切取らせていただきました。 サリーナス渓谷は、東のギャビラン山脈と西のサンタ・ルシアス山脈に挟まれた、いわば南北に細長い盆地である。サンフランシスコよりは南、ロサンゼルスよりは北で、いわばカ…

朝食の方角

本日も完食。あたりまえだ、食べるものだけ、食べる分だけ作っているんだから。 スタインベックに『朝めし』Breakfast という短篇がある。新潮文庫版(大久保康夫訳)では、四ページ半しかない。あまりに短く、物語も呆気ない。しかし暗示的表現が巧みで、象…

母恋物語

長谷川伸『沓掛時次郎 瞼の母』(ちくま文庫)。 母の子別れ、子の母捜し。 ―― 諸君ねえ、長谷川伸をご存じないでしょう。数値的根拠のないヤマ勘だけど、日本国中に長谷川伸作品を知っている人と、漱石の『坊ちゃん』を知っている人とでは、どちらが多いと…

七面鳥

七面鳥が樹の上で眠ると聴いて、驚いてしまった。まったく、わが無知いかばかりかと、改めて呆れる想いを禁じえない。 スタインベックの『赤い子馬 』Red Pony に、さような記述があった。スタインベック作品ではお馴染みの、サリーナスの町からやや離れた、…

やり甲斐

小雨もよいの肌寒さすら感じた昨日からは一転、雲を探すほどの好天となった。金剛院さま墓地へと月詣りである。 母命日は六日、父命日は別月の二十六日。いつしか墓参りは六の日、という習慣になった。昨日が父の月命日だったが、ふらっと出掛ける気になれる…

古戦場

日記はまだ日曜の午後でウロウロしている。古本屋巡りという点では、訪問先が減ってしまった高円寺を切上げて、荻窪へと移動する。 荻窪駅南口には老舗もしくは有力店と称んでいい有力三古書店さんが健在だ。同行の若者たちに、古本屋を散策した気分になって…

雨はどこから

歳月を経ても、この人の唄の力が衰えないのは、詩の力のゆえだと思っている。 炊事だの洗い物だの、台所作業の BGM としては、古めのモダンジャズを繰返し流しっぱなしにしてある。ゴキゲンで解りやすい音、コールマン・ホウキンズ、ドナルド・バード、ウェ…

スッチー

なんだ、そんなことも知らねえのか。時流に添うことを諦めた年寄りってのは、始末に負えねえもんだなあ。……解ってらいっ!「ホームページからお入りください。右上に紫色の「どうぞ」のバナーがありますから、クリックしていただきますと、フォーマットが開…

隙間葉桜

たとえば、こんな写真を挙げたとする。わが前期ゴミ屋敷のデスク脇である。なにが面白くてシャッターを切ったものやら、どなたにもご理解はいただけまい。 この家に引越してきた昭和三十三年、明るいクリーム色だった壁紙がいかに煤けて、惨めな色となり果て…

乗合馬車の喜劇

石野英夫:画。「とうよこ沿線」64号より無断切取りさせていただきました。 横光利一の初期代表作『日輪』が、フローベール作品から刺激を受けた作品との指摘は古くからされていて、今では学界常識となっているのだろう。もう一つの例を、わたしは面白いと思…

自己矛盾

黒田清輝(1866 - 1924)、『湖畔』(部分) ふいのことがあってこの数日、横光利一について思い出している。そんなつもりはなかったのだ。 困るのである。残された時間に、一度は読んでみたい本や、もう一度読んでから死にたい本が、山積している。まだ読ん…

塊として

横光利一の初期短篇『静かなる羅列』(大正十四年、『文藝春秋』)を読み返す人など、今ではほとんどないのかもしれない。 インド地図をつぶさに眺めた人は、インダス川とガンジス川の水源は、これほど近くに発していたかと驚くことだろう。中国地図をつぶさ…

現象として

横光利一(1898 - 1947) 問)次のABC 各語群中より、関係深い語を線で結びなさい。 A 語群より「横光利一」―― B 語群より「新感覚派」―― C 語群より「機械」。 正解! 高校入試の国語基礎知識か。ところで、新感覚派の「新」って、どういう感覚? 初期短篇…

『朝』

『朝』第44号(2023.3.) 老舗の文芸同人誌『朝』の最新号をご恵送いただいた。過去になにひとつお返しめいたことをしたためしがない。じつに長い年月にわたってだ。まことに心苦しき限りだ。 お返しする仕事が私になかったからだ。あればお返ししている。 …

いつでもオーライ

石田芳夫『無門』(日本棋院謹製) お前に用意された門などない。汝の入門を許さず。なにやら容赦のない、厳粛拒絶の言葉とも聞えるのだけれど。 修証一如について、谷川徹三はもう少し先まで紹介してくれている。 端座参禪を修行の正門とする教えにたいして…